混雑した居酒屋で店員さんを呼んでも気づいてもらえない。隣に座った連れとの会話さえ、何度も聞き返される。こうした相談を受けたとき、私が最初に確かめてもらうのは声の大きさではありません。店に行かなくても、家でスマホが一つあれば一分で再現できる確認があるので、まずそこから始めてください。
家で一分、店員さんを呼ぶ一文を二通り録音してみてください
テレビか音楽を少し大きめに流した部屋で、ボイスメモを起動します。録るのは、店で実際に使うこの一文です。
「すみません、注文をお願いします。」
一回目は、いつもの調子のまま。二回目は、声を出す前に短くふっと息を吐き、いつもよりほんの少しだけ高さを上げて、最初の「す」の音をはっきり立てて言います。再生して並べると、二回目は流している音の中でも輪郭が残って聞こえるはずです。音量はほとんど足していないのに、です。騒がしい店で通らない声は、大きさより先に、この入り方でつまずいています。
喧騒に埋もれる声は、まず狙いが定まっていません
店内のざわめきに負けまいと喉を張り上げると、力がそこへ集中して、続く言葉がかえって出しにくくなります。しかも張った声は、近くでは強くても、店の低いざわめきとぶつかったまま流されがちです。
見てほしいのは、呼びかけの一音目がどこから出ているかです。一音目が喉の奥にこもって始まると、後に続く言葉も奥に沈んだまま外へ出てきません。反対に、一音目が息の流れの上に乗っていれば、声は張らなくてもざわめきの隙間を抜けていきます。
もう一つが、声を投げる先です。忙しく動き回る店員さんの背中へなんとなく発した声は、誰宛てでもない音として店の喧騒に混ざります。呼ぶ前に相手の姿をいったん目で捉え、その人の手前に言葉を置くつもりで出す。狙いが決まるだけで、同じ声量でも気づいてもらえる確率は変わります。
狙いには、タイミングも含まれます。両手に皿を抱えて通り過ぎる瞬間の背中に声をかけても、店員さんは足を止められません。軽く手を上げて、視線がこちらへ動いた一瞬に合わせて第一声を置く。呼びかけは早い者勝ちではなく、相手が受け取れる瞬間に置けたかどうかで決まります。声を出す前に視線を待つこの半拍は、息を先に吐いておく時間としてもちょうど使えます。
大声の代わりになるのは、少し高めのトーンと言葉の頭です
騒がしい場所ではとにかく大きな声を出すしかない、と思われがちですが、私の実感では、声量だけを上げるより、トーンをわずかに高めに取り、言葉の頭の音をくっきりさせるほうが、雑音を抜けて相手の耳に留まります。店のざわめきは低めの音の塊なので、同じ高さで張り合うより、少しだけ上へ外すほうが分がいいのです。別人のような高さまで作る必要はありません。気持ち悪くならない程度の、ほんのわずかで十分です。
聞き返されて言い直すときも、同じ大きさでただ繰り返すより、頭の音を立て直して、区切りを一つ増やすほうが二度目で通ります。大きさを変えずに言い方を変える。この選択肢を持っているだけで、騒がしい店での消耗はかなり減ります。
呼びかけの前に、息、喉、体の順で崩れています
一つ目は息です。呼びかける直前に息が止まっていると、一音目はどうしても硬く出ます。メニューをのぞき込んで前かがみになったまま注文を決め、顔を上げた勢いでそのまま呼ぶと、たいていこの形になっています。大きく吸い込んで身構えるのではなく、先に短く吐いて、息が前へ流れる状態を作ってから言葉を乗せます。周りに負けまいと吸い込みすぎると、胸や肩が持ち上がって体ごと固まります。息のスピードは自転車に似ています。ゆっくりこいでいるうちはふらふら揺れますが、ある程度の速さが乗れば勝手に安定します。呼びかけの声も、勢いで強く吐き出すより、一定の速さで流し続けるほうがざわめきの中で崩れません。
二つ目は喉です。喉の力で押し出した声は、その一言だけは強くても、飲み会の後半まで持ちません。先に確かめたいのは、小さな声でも詰まらずに出せるかどうかです。小さく出した時点で詰まっているなら、そこへ音量を足しても負担が増えるだけです。
三つ目は体です。首や肩、顎、舌の付け根が固まっていると、息が流れていても声は手前で落ちます。座敷でもカウンターでも、足の裏を床に置き直し、首の後ろをすっと長く保ってから声を出すと、喉一つで支えていた癖に自分で気づけます。
隣の連れに聞き返されるのは、距離ではなく向きと語尾です
店員さんには届くのに、すぐ隣に座っている連れには何度も聞き返される。この場合は距離の問題ではありません。横並びの席では、口が相手ではなく正面のテーブルを向いたまま話しがちで、声は目の前の皿のあたりに落ちています。ひと言だけでも顔ごと相手へ向けて、文末の一音まで息を残す。それだけで、同じ声量でも届き方は変わります。
BGMの強い店では、文の長さも効きます。長い一文をひと息で言い切ろうとすると、後半で息が切れて語尾が雑音に沈みます。伝えたいことを短い文に割り、そのかわり一文ごとに語尾を残す。騒がしい場所の会話は、言葉を増やすより、区切って置くほうが通ります。
宴会の席で斜め向かいの相手と話すときは、あいだの皿やグラスに声がぶつかる分、テーブルの上を這わせるのではなく、相手の顔の高さへ少しだけ上げて置く意識が効きます。声を張るのではなく、届け先の高さを変えるだけです。
カウンター越しや持ち帰りの短い注文も、直す場所は同じです
フードコートやテイクアウトのカウンターでは、店内の喧騒に加えて、アクリル板やマスクが高い音を削っていきます。ここで頑張って声量を積むと、こもった音だけが大きくなり、かえって聞き取りにくくなります。板越しほど、言葉の頭を丁寧に立てて、文を短く区切ってください。
注文の品数が多い日は、最初のひと呼びと注文本体を分けるのも手です。呼び止める一言で店員さんの耳をこちらへ向けてから、品名は一つずつ区切って置く。ひと息に全部を言い切るより、聞き返しの回数はずっと減ります。会計や持ち帰りの場面で使う短い言葉ほど、入りと語尾の癖がそのまま出るので、家の録音に一つ足して確かめておくと店で慌てずに済みます。
録音で聞くのは、好き嫌いではなく届き方の三点です
家での録音は、同じ一文、同じ雑音の条件で繰り返します。一回目はいつも通り、二回目は息を先に流してから、三回目は語尾まで息を残して。聞き比べるのは、出だしが焦って飛び出していないか、途中で呼吸が途切れていないか、最後の一音が沈んでいないか、の三点だけです。自分の声が好きかどうかを判定し始めると、そこで練習は止まります。届き方だけを聞いてください。
もう一つ、再生した自分の声が思ったより低く、頼りなく聞こえても心配は要りません。自分の耳には骨を伝って低めに届いているだけで、周りの人が実際に聞いているのは録音のほうの声です。誰にでも起きることなので、録音は声の良し悪しを裁く道具ではなく、届き方の三点を見るためだけに使ってください。
張り続けた夜の翌日は、練習より負担減らしを優先します
騒がしい店で数時間張り合った帰り道、喉がひりつくように疲れている日があります。そういう翌日に練習量を増やすと、喉で張る癖をそのまま反復することになります。声量を落とす、短い一文に戻す、水分をとる、録音は一回で切り上げる。こうした引き算も練習のうちです。痛みや強い違和感が続くときは、声を出す練習を足さず、医師や専門家に相談することも考えてください。比べるべきは、昨日より大きく出せたかではなく、昨日より喉が軽いかどうかです。
次に店へ入る直前は、三十秒の確認で足ります
入店の直前に発声練習は要りません。呼吸が浅くなっていないか、顎と肩に力が入っていないか、最後まで言い切る心づもりがあるか。この三つをさっと確かめるだけで、最初の呼びかけは変わります。連れと店を探して歩いている間に、喉を軽く起こすつもりでひと言だけ声を出しておくのも、静かに効く準備です。
仕上げに、最初に録音した一文をもう一度録って、一回目と聞き比べてください。
「すみません、注文をお願いします。」
短く吐いた息の上に、少し高めのトーンで、頭の音を立てて置く。この三つが乗っていれば、金曜の混んだ店でも、一度の呼びかけで気づいてもらえる回数は少しずつ増えていきます。今夜の一杯目の前に、まず家の一分から試してみてください。
よくある質問
- Q. 飲食店 声が通らないの原因は何ですか
- 声質だけでなく、声を出す前に息が止まること、喉で押すこと、体が固まることが関わります。
- Q. すぐできる練習はありますか
- 短い一文を決め、普段通り、息を流してから、語尾まで残す形で録音して比べてください。
- Q. 喉に違和感がある時も練習してよいですか
- 痛みや強い違和感がある時は無理に声を出す練習を増やさず、休息や専門家への相談も考えてください。
声が変わると、人生が変わる。
通る声、落ち着いた声、人を惹きつける声は、生まれつきだけで決まるものではありません。第一声・息・喉・体の使い方を整えることで、人前で話すたびに「この人は違う」と伝わる声はつくれます。無料動画講座では、声量に頼らず、印象・説得力・存在感が変わる声の整え方をお送りします。
登録後、無料動画講座をメールでお送りします。配信停止はいつでも可能です。

ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。
詳しいプロフィール →声が小さい・通らない人へ。大きい声を出さずに改善する方法
声が小さい、通らない、聞き返される悩みを、性格や気合いではなく息のスピード・喉の力み・第一声から整理します。会議やプレゼンで使える具体的な練習も紹介します。
声が通る出し方。大きな声ではなく、息で届く声をつくる
声が通らない、聞き返される、遠くまで届かない人へ。大声ではなく腹圧・息のスピード・喉で押さない使い方から、通る声の出し方を解説します。
ボイトレ初心者は何から始めるべきか。声を変える最初の練習
ボイトレ初心者が最初にやるべきことを、腹式呼吸だけに寄せず、息・喉・体・録音の順番で整理します。