リップトリルで脱力する練習。力みを抜いて声を通す

検温や点滴の説明を一日中繰り返す看護師へ。声を張る前に喉と顎の力みを抜くリップトリルの使い方と、病棟の合間でできる練習手順を紹介します。

奥津ユキ

検温で一部屋ずつ「本日の体温と血圧を測らせていただきますね」と声をかけ、点滴の説明では針を刺す前に手順を伝え、退院指導では薬の飲み方をご家族にも繰り返し話す。日勤の終わりには申し送りで一日分の情報を早口でまとめ、夜勤明けには自分の声がかすれていることに気づく。同じ言葉を一日に何十回も口にする仕事では、疲れているのは声そのものより先に、顎と喉のまわりの力みであることがほとんどです。

リップトリルというと、唇をブルブルと震わせる練習だと思われがちです。ですが私がこの記事で伝えたいのは、震わせることそのものではありません。震わせている間に、普段閉め切っている喉と顎の力をどれだけ抜けるか。ここを確認するための短い儀式として使ってほしいということです。

検温・点滴・退院指導。同じ説明の繰り返しが、声より先に顎を固めます

看護の仕事は、一日の中で同じ種類の言葉を驚くほど繰り返します。検温をして回るときの声かけ、点滴を始める前の手順の説明、退院指導でご本人とご家族の両方に同じ内容を話す場面。どれも一件ずつは短い言葉でも、件数を重ねるうちに顎のまわりが少しずつ固まっていきます。

厄介なのは、この固まりが声量の問題として自覚されにくいことです。「今日は声が通りにくいな」と感じても、原因を大きさの不足だと思い込み、次の部屋でつい声を張ってしまう。張るたびに顎と喉はさらに締まり、午後になる頃には同じ声かけでも息が続かなくなっていることがあります。

私が見ている限り、この種の疲れは声帯そのものの限界より先に、顎を含めた喉まわりの締めすぎで起きています。だからこそ、声を出す量を増やす前に、リップトリルで力を抜く時間を挟む意味があります。

リップトリルは「震わせる」練習ではなく、喉を伸ばす感覚を思い出す練習です

高い声が出にくい、声がすぐに枯れるという悩みの多くは、声帯を締めることで対応しようとしている状態から来ています。締めれば締めるほど、声は震えず出にくくなります。直す方向は締めることではなく、声帯を前に伸ばすように使うことです。

リップトリルが役に立つのは、この「伸ばす」感覚を体に思い出させてくれるからです。唇の間を息が途切れず通り続けている間、喉を固く締め切ったままではいられません。震えが途中で止まるのは、たいてい喉のほうで音を支えようとした瞬間です。震え続けているかどうかより、その間に喉が締まっていないかを見てください。

うまく震わせようと力を入れるほど、皮肉なことに喉は締まっていきます。リップトリルの主役は唇ではなく、途切れず流れている息のほうだと考えてみてください。

病棟の廊下や更衣室でできる、30秒のリップトリル手順

長い準備時間は必要ありません。ナースステーションを出る前や更衣室での着替えの合間、30秒あれば足ります。

一つ目は顎の固定です。手のひらで顎の下を軽く支え、上下にパカパカ動かないようにします。顎が動くたびに、そこに力が逃げてしまうためです。

二つ目は、息を止めたまま構えないことです。吐くときだけでなく、吸うときにもお腹の圧を抜かないようにします。お腹を膨らませたりへこませたりする呼吸法そのものより、常に一定の圧をかけ続けている感覚のほうが大事です。腹式呼吸を真面目にやりすぎて喉で支える癖がつき、かえって喉を痛めてしまった例もあるので、お腹を頑張って動かすことが目的ではありません。

三つ目に、横隔膜のあたりを前に軽くつまみ出すような感覚を保ったまま、唇を震わせます。うまく震えなくても構いません。見るのは、顎が動いていないか、喉に力が入っていないかの二点だけです。

手順やること見る場所
1手のひらで顎を軽く支える顎が上下に動いていないか
2吸うときも腹圧を抜かずに構えるお腹で支えようと固まっていないか
3横隔膜を前につまむ感覚で唇を震わせる喉が締まっていないか

マスク越しでも通る声は、リップトリルのあとの一言で変わります

マスクをつけたまま話すと、声がこもって届きにくいと感じることが多いはずです。ここで声量を足そうとすると、喉で押した硬い声になり、マスクの中でさらにこもって聞こえます。必要なのは大きさではなく、息を前に通す感覚です。

30秒のリップトリルのあと、実際に使う言葉につなげてみてください。

「本日の体温と血圧を測らせていただきますね」

震えが終わった直後の口の状態のまま、この一文を言ってみます。「本日の」の入りで喉が締まっていないか。「測らせていただきますね」の語尾まで、息が残っているか。この二点を確認するだけで十分です。

マスクの下で口の動きが見えない分、耳に届く情報は声の通り方だけになります。声を張らずに済ませられるかどうかは、マスク越しの仕事では特に差が出やすいところです。

申し送り前に声がかすれるのは、力みだけが原因とは限りません

日勤の終わり、申し送りの直前に声がかすれていると感じる方は多いと思います。原因を喉の締めすぎだけに決めつけたくなりますが、私の実感では、それだけとは限りません。声がこもっている、鼻腔や口の中でうまく響いていない、というケースも混ざっています。

長時間しゃべり続けて枯れる人は、多くの場合、喉を締めすぎています。横隔膜を前につまむ感覚を保ったまま話し続けられると、同じ時間声を出しても喉への負担は変わってきます。ただし、それで改善しない場合は、締めすぎ以外に、声がどこにも響かずこもっている可能性も見てください。喉の締めすぎと、響きの不足。どちらか一方だけを直そうとすると、もう一方が見落とされたままになります。

申し送りの前にリップトリルを挟むのは、この両方を一度に整えるためです。震えが唇の上を通っている間、喉は締まりにくく、同時に鼻から口にかけての通り道も自然に開きます。

スマホ録音で確認するのは、うまい声ではなく同じ状態を再現できるかです

リップトリルの効果は、耳だけで判断しようとするとぶれます。スマホの録音アプリで構いません。リップトリルの前と後で、同じ一文を録って聞き比べてください。

「本日の体温と血圧を測らせていただきますね」

比べるのは、声の好き嫌いではありません。「本日の」の入りで力んだ音になっていないか。文の途中で息が浅くなっていないか。「ますね」の語尾まで、声が痩せずに残っているか。この三点だけを見ます。

録音の自分の声に違和感を覚えるのは、普通のことです。自分の声は骨を通って自分の頭の中にも響いていて、それが録音には入りません。相手が病室で実際に聞いているのは、骨伝導を含まない、外に出た音そのものです。だから録音の声に戸惑っても、それは失敗ではなく、聞こえ方の経路が違うだけだと考えてください。

今日この後に検温や点滴の説明が一件あるなら、その直前の30秒だけ試してみてください。手順を丸ごと覚える必要はなく、顎を支える、腹圧を抜かない、唇を震わせる、この三つを一度通すだけで十分です。

喉に痛みや強い違和感がある夜勤明けは、リップトリルより先に休みます

喉に痛みがある、いつもより強くかすれている、休んでも声が戻らない。こうした状態が続く日は、リップトリルを含めたどんな練習も後回しにしてください。練習で乗り切ろうとする前に、休むか、専門家に相談するかを先に判断します。

独学の発声法だけで喉の不調を乗り切ろうとすると、正しく直せているかどうかを自分では判断しにくく、我流のまま癖が固定されてしまうことがあります。特に長時間、同じ声かけを繰り返す仕事では、違和感を我慢して続けた分だけ、後で戻すのに時間がかかりやすくなります。

体調のいい日にだけ、30秒のリップトリルを申し送り前や更衣室で試す。これくらいの頻度で十分です。毎回きっちりやろうとする必要はありません。

まとめ

リップトリルは、唇をうまく震わせることがゴールではありません。震わせている間に、顎と喉の力がどれだけ抜けているかを確認するための短い儀式です。検温や点滴の説明のように同じ言葉を繰り返す仕事ほど、声を張る前にこの30秒を挟む価値があります。

顎を支える、吸うときも腹圧を抜かない、横隔膜を前につまむ感覚で唇を震わせる。この三つを一度通してから、いつもの一言につなげてみてください。声を大きくする前に、力みを抜く。それだけで、マスク越しでも申し送り前でも、声の届き方は変わってきます。

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よくある質問

Q. リップトリルは震えを長く続けられるようにする練習ですか
それ自体が目的ではありません。震えが続くかどうかより、震わせている間に喉や顎の力が抜けているかを確認するための練習として使ってください。
Q. マスクをつけたまま声が届きにくいのは、声量が足りないからですか
声量だけの問題とは限りません。マスク越しだと言葉の輪郭がこもりやすいので、大きさを足すより息を前に通すほうが届きやすくなることがあります。
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奥津ユキ
書いた人
奥津ユキ

ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。

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