介護職の声。高齢者に届く高さと大きさで喉を守る
体位変換の声かけや入浴介助で喉が枯れる介護職へ。高齢者に届く声は音量だけでなく高さと速さで決まることを、場面ごとに整理します。
奥津ユキ
起床介助で「起き上がりますよ、せーの」と号令をかけ、食事介助では「お茶にしましょうか」と穏やかに問いかけ、入浴介助では湯気の立つ浴室の中で湯温を確認し合い、転倒しそうな瞬間には「危ないですよ」ととっさに声を張る。一日のうちにこれほど声の高さと大きさが入れ替わる仕事は多くありません。ご相談で多いのは「大きな声を出しすぎて枯れるんですよね」という受け止め方ですが、私が実際に見ているのは声量そのものより、届かせようとするたびに喉を締めてしまう癖のほうです。
介護の仕事を独学の発声法だけで乗り切ろうとする方も見かけますが、我流のまま張り方を積み重ねると、負担のかかる癖に気づかないまま固定されてしまうことが少なくありません。まず、一日の中で自分がどの場面のどの声で喉に負担をかけているのかを分けて把握するところから始めてみてください。
高齢者に届く声は、大きさだけでは決まりません
耳が遠い方には耳元で大きな声を出すしかないと思われがちですが、私はそれだけだとは思っていません。大きな声も確かに助けにはなりますが、声のトーンや話す速さも同じくらい関わっていると感じています。高い声を張り上げるより、少し落ち着いたトーンでゆっくりめに言葉を置くほうが、かえって聞き取ってもらえる場面は多くあります。声が届かないと感じたときにまず音量を足そうとする前に、トーンと速さのどちらかを変えてみる余地があるということです。
「起き上がりますよ、せーの」で、喉を締めていませんか
体位変換の号令は、一日に何十回と繰り返されます。このたびに喉から声を押し出していると、一つ一つは小さな負担でも、夕方には確実に喉が重くなっています。
号令を強めに出そうとするとき、多くの方は声帯をぎゅっと平行に締めて音量を稼ごうとします。ですが締めて出す形は震えの原因になりやすく、繰り返すほど摩耗が進みます。私が見ているのは、体力や気合いの問題ではなく、声帯の閉じ方そのものの向きです。真横に締め込むのではなく、前方に向けて斜めに引き伸ばす感覚に近づけると、同じ回数の号令でも喉に積み重なる摩耗が違ってきます。「起き上がりますよ」と言う前に、口を閉じたまま短く息を吐き切ってから号令をかけてみてください。声の大きさを変えなくても、出だしの硬さが抜けます。
浴室の反響とヒートショックの声かけで、声がこもります
入浴介助の場面は、湯気とタイルの反響、換気扇の音が重なる独特の環境です。「お湯加減はいかがですか」「そろそろ上がりましょうか」といった短い声かけが、こもった音のまま相手に届かずに終わることがあります。
湿度の高い場所で声を張ろうとすると、口先だけで音を作ろうとしがちですが、これでは声はこもったまま前に抜けません。私が勧めているのは、口角をわずかに上げることです。意図して鼻にかけようとしなくても、口角が上がるだけで声は自然と鼻腔側に乗り、こもりにくくなります。湯気で視界が悪い浴室ほど、声だけで安否を確かめ合う場面が増えるので、こもらない声かけの土台を持っておく価値があります。
食事介助では、声の速さがそのまま飲み込みのペースになります
「お茶にしましょうか」「ゆっくりでいいですよ」といった食事介助の声かけは、内容以上に速さが相手の動作に影響すると私は感じています。介助する側が急いでいると、無意識のうちに言葉の速度も上がり、それにつられて相手のペースまで前のめりになってしまうことがあります。
こちらが焦っていても、声だけはあえて速さを落として届けるという発想を持ってみてください。声を低くする必要はなく、話す速さを少し緩めるだけで、聞いている側の動作の速さも自然と落ち着いていきます。急かす言葉を使っていなくても、声の速さそのものが急かしてしまっている場合があるということです。
同じ説明を繰り返しても、声を事務的にしないために
認知症の方への声かけでは、同じ内容を一日に何度も繰り返すことになります。「お食事の時間ですよ」という一言も、五回目、十回目になるうちに、声が惰性で流れてしまいがちです。
何度目であっても、相手にとってはその瞬間が初めて聞く言葉であることが多いです。私が気をつけていただきたいのは、繰り返しているという意識を声に出さないことです。語尾まで息を残して言い切っているか、抑揚が平坦になっていないか。抑揚は声の大きさではなく高さの上下で作るものなので、声量を上げなくても、少しだけ高さのレンジを動かすだけで、同じ言葉でも受け取られ方は変わってきます。
「危ないですよ」ととっさに叫ぶ瞬間ほど、喉に負担が集まります
転倒しそうな瞬間、とっさに大きな声で呼びかける場面は避けられません。ただ、こうした場面で声を出し続けなければならないわけではありません。とっさの一声は、常に全力で張り続ける必要はなく、そのとき届けばよいものです。
長時間話して枯れる人の多くは、実は喉の締めすぎが原因だと私は見ています。横隔膜のあたりを前にやわらかくつまむような感覚を保っておくと、とっさに声を出す瞬間でも、喉だけに負担が集中しにくくなります。日頃からこの感覚を持っておくと、緊急時の一声を出したあとの喉の重さも変わってきます。
ご家族への報告では、介助モードの声から切り替えます
送迎や面会の場面では、それまで高齢者に向けていた声のトーンのまま、ご家族への報告を始めてしまう方がいます。「今日は食欲がありました」というような一言も、介助中の声の高さを引きずったまま伝えると、内容が良い報告であっても軽く聞こえてしまうことがあります。
とはいえ、意図して声を低く作り込む必要はありません。私が確かめているのは高さの絶対値ではなく、語尾まで息の支えが残ったまま言い切れているかどうかです。介助と報告のあいだで場面が切り替わったと気づいた瞬間に、次の一言を出す前に短く息を吐き切っておく。この一手間だけで、トーンは無理に作らなくても場面に合った落ち着きへ寄っていきます。
申し送りと夜勤帯では、声のトーンを大きく作り変えなくてよいです
日勤帯で明るめのトーンを使い、夜勤帯では静かな声に落とす。この振れ幅そのものは仕事の性質上なくせませんが、場面が変わるたびに発声の土台から別人のように組み直す必要はありません。呼吸の運び方という根っこの部分は変えずに保ち、その上に乗せる音の高さだけを場面に合わせて動かす、という順序で考えると、切り替えのたびに喉が新しく消耗する感覚が減っていきます。
申し送りの声も同じです。記録を読み上げるだけの場面ほど声が単調になりがちですが、語尾まで息を残して言い切る意識を持っておくと、聞いているスタッフにも情報が正確に届きやすくなります。
今日、スマホ一つでできる点検
練習台にするのは、実際によく使う号令の一言で構いません。「起き上がりますよ、せーの」という一文をスマホに録音してみてください。一本目は普段の勢いのまま、二本目は号令の直前に息を短く吐き切ってから、三本目は「せーの」の音が消える瞬間まで息を保つ意識で読みます。
聞き比べる際、うまく決まったかどうかの採点はしません。追うのは、出だしの音がいきなり喉から飛び出していないか、話す途中に呼吸が途切れていないか、語尾の音量が急に落ちていないか、この三か所だけです。並べて聞くと、声を張らなくても伝わり方が変わる瞬間がつかめます。喉の痛みや違和感が長引くようであれば、練習を積み増す前に耳鼻咽喉科など専門家に相談する選択肢も持っておいてください。
まとめ
介護の現場で声が枯れるのは、大きな声を出しすぎているからというより、届かせようとするたびに喉を締めてしまうことが大きく関わっています。高齢者に届く声は音量だけで決まるものではなく、トーンや速さも同じくらい関わっています。声で押すのではなく、息を先に流す、横隔膜のあたりをつまむ感覚を保つ、抑揚を高さで作る。この三つを意識するだけで、起床介助から入浴介助、夜勤の申し送りまで、同じように声を使い続けても喉に残る負担は変わってきます。
体位変換、食事介助、入浴介助、ご家族への報告、夜勤の申し送り。場面ごとに声の役割は違って見えますが、見るべき場所はいつも同じところにあります。声を出す前に息が止まっていないか、途中で喉に力が集まっていないか、語尾まで届け切れているか。特別な発声練習より、今日実際に使う号令や声かけの一言を録音して聞き比べることのほうが、確かな一歩になります。
よくある質問
- Q. 高齢者に声を届けるには大きな声を出すしかないですか
- 声量だけの問題ではありません。声の高さや速さも関わっていると私は感じています。大きさを足す前に、トーンと話す速さを見直す余地があります。
- Q. 体位変換のたびに喉が疲れるのはなぜですか
- 号令を出すたびに喉で押し出す形になっている可能性があります。声を出す前に息をわずかに流しておくと、同じ回数でも喉への負担が変わってきます。
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ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。
詳しいプロフィール →ビジネスボイトレとは。声で印象の主導権を握るために鍛えること
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