発声練習の基本。声を出す前に整える息・喉・体

発声練習の基本を、声量や音階だけでなく、息の流れ、喉の負担、体の支えから整理します。

奥津ユキ

毎日発声練習をこなしているのに、声が変わらない。そういう相談を受けたとき、私が最初に見るのはメニューの数ではなく、声を出す前の一瞬です。理屈の説明より先に、一分だけ録音の実験をしてみてください。用意するのはスマホのボイスメモだけです。

吸ってからの「あー」と、吐いてからの「あー」を録り比べます

録音を回し、まず胸いっぱいに大きく息を吸い込んでから、「あー」と5秒のばして出します。いったん止めて、今度は吸わずに、息を短くフッと吐き切ってから、同じ高さの「あー」を5秒。

二本を聞き比べると、多くの人は後の一本の出だしが柔らかく、音の芯が最後までまっすぐ続いていることに気づきます。先の一本は、たっぷり準備したはずなのに頭の一音が硬い。大きく吸う動作そのものが肩と胸を持ち上げ、体を固めてしまうからです。発声練習の質は、最初の一音よりさらに前、この一瞬の準備で決まっています。

この差は声の才能とは関係がありません。吸い上げた分だけ体が構えてしまうという、仕組みの話です。だからこの実験は、ほとんどの人で同じ方向の結果になります。差を感じにくかった人は、吐いてからの一本で、吐き切った直後に間を置かず、すっと声を始めることだけを意識して、もう一度録ってみてください。

声の小ささは、性格ではなく体の使い方です

声が小さい人は内気だから、自信がないからだと思われがちです。ですがレッスンで見ている限り、性格だけの問題であることは多くありません。姿勢が整っているか、必要な筋肉が使えているか、息にスピード感があるか。私が確かめるのはこの三つで、体の使い方がまだ整っていないだけ、という方がずっと多いのです。

三つのうちどれが欠けているかは、体の感覚でもあたりがつけられます。声を出した瞬間に肩が上がるなら姿勢、すぐ息が切れるならスピード、喉のあたりだけが疲れるなら支えの筋肉。見当をつけてから練習に入ると、同じ時間でも進み方が違ってきます。

言葉の練習にはこの一文を使います。

「声を出す前に息を流し、喉を押さず、体の支えを確認します。」

入りが硬ければ、声はそのまま喉から始まっています。途中を急げば、息と声が分かれたまま進みます。終わりまで録音で確かめなければ、変化は感覚だけのものになります。一文の中に、点検すべき場所がすべて入っています。読み上げる速さは自由ですが、毎回同じ速さで録ると、変化した理由をあとから特定しやすくなります。

音階の反復だけでは、癖が積み上がります

発声練習というと、音階と声量の反復を思い浮かべる方が多いはずです。ただ、喉で押した声のまま回数を重ねると、その押す癖こそが強化されます。高い声、低い声、響く声を目指す前に、まず力を使わずに出る声を見つけてください。

点検する順番は四つです。話し出す前に呼吸が動いているか。声を喉だけで押し出していないか。肩や胸がこわばって体の支えが抜けていないか。そして録音を聞いて、同じ結果をもう一度出せるか。この四つを順に確かめていれば、練習が的外れな方向へ進むことはありません。

音階練習そのものが悪いわけではないことも、書き添えておきます。息が流れ、喉が楽な状態で行う音階は、音域を広げる立派な道具です。順番の問題で、音階は点検が済んだ後に持ってくるものだ、というだけのことです。ピアノアプリや動画に合わせて練習している人も、再生ボタンを押す前に、短く吐いてから始める一手間を足してください。

一回の練習は、息、楽な声、一文の三段階です

一段階目は息だけの準備です。声を出さずに短く吐きます。吸う量を増やすことより、吐く流れをつくることを優先してください。最初の実験で感じた、あの吐いてからの楽さを毎回思い出す工程です。

二段階目は、楽に出る声です。大きくも高くもしません。喉が締まりやすい人は、手のひらで顎の下を軽く押さえ、顎が上がらない状態を保ったまま声を出してみてください。それだけで締まりが抜けやすくなります。締めて耐える感覚ではなく、声を斜め前へ長く伸ばしていく感覚に切り替えると、力を抜いたままでも声はすっと前に出ます。

楽に出る声は、最初は頼りなく感じるかもしれません。ですが、その頼りない声こそが、喉に負担をかけずに出せているあなたの基準の声です。基準ができて初めて、どこから力みが混ざったのかを聞き分けられるようになります。

三段階目が一文の録音です。音階だけで終わらせず、言葉として相手に届く形になっているかまで確かめて、その日の練習を閉じます。三段階すべて合わせても、五分あれば一巡できます。長い練習を週に一度やるより、この五分を毎日通す方が、体は順番を覚えてくれます。

録音で見るのは、上手さではなく再現性です

ボイトレで大切なのは、一回だけ良い声が出ることではなく、同じ状態を何度でも取り出せることです。だから録音を挟みます。頭の中で響いている声と、外へ出て相手に届く声は別物です。自分の録音を聞くと最初は落ち着かないものですが、その違和感に気づけること自体が練習の入口になります。

昨日の一本と今日の一本を続けて再生し、出だしの一音だけを聞き比べる。判定するのは声の良し悪しではなく、同じ楽さで始められたかどうかです。同じ楽さで三日続けて始められたら、その状態があなたの新しい普段になっています。

録音はその場で消さず、しばらく残しておくのがおすすめです。数日おいて聞き直すと、当日は気づけなかった癖の方がよく見えてきます。比べる相手は他人の声ではなく、少し前の自分の声だけで十分です。

音量を落とすと、癖の輪郭が見えます

声が届かないと感じるほど音量を上げたくなりますが、喉で押したまま音量だけ足しても、負担が増えるだけです。逆に、あえて小さな声で試してください。

小さな声で崩れる部分は、大きな声にしても崩れたままです。小声のまま一文の終わりまで息が保てるかを確かめて、そこが安定してから少しずつ音量を戻します。この順番なら、音量と一緒に癖まで大きくなることがありません。

小さな声の練習は、住宅事情で大きな声を出せない人にも向いています。音量を出せない環境だから練習できない、ということはありません。癖の点検に必要な音量は、隣の部屋に聞こえない程度で足ります。

喉に違和感がある日は、量より状態を優先します

痛みがある、強くかすれる、休んでも戻らない。そんな日は練習を押し通さず、専門家に相談する選択肢も持っておいてください。軽くする日は、息を流して小さな声で一文だけ録音する程度で十分です。

喉をいたわることは、練習をさぼることではありません。必要な声を毎回安定して取り出せる状態を守ることも、声を長く使うための技術のうちです。大事な予定の直前だけ練習量を増やすのも、喉には逆効果になりがちです。前日までに整えておき、当日は息の確認だけにとどめる方が、声は安定します。

一週間は同じ一文で、日替わりのテーマを決めます

毎日違う練習をすると、何が変わったのか分からなくなります。最初の一週間は同じ一文で構いません。そのかわり、息を見る日、喉の力みを見る日、語尾を見る日と、日ごとにテーマを一つだけ決めて録音します。

テーマを一つに絞った日は、他の崩れが聞こえても手を出さないのがコツです。息を見る日に語尾の乱れが気になっても、メモだけして翌々日に回す。一日一か所と決めるから、変化が積み上がっていきます。

一文が長くて息が持たないと感じたら、削って短くしてください。短い文で楽に出せる範囲が広がれば、長い文は後から必ずついてきます。難しいメニューをこなすより、楽にできる範囲をじわじわ広げる方が、結果として早く安定します。

明日の練習は、吐く息ひとつから始めてください

発声練習の基本は、こなす音階の数ではなく、自分の声がどこで崩れるかを知る点検です。仕上げに今日、一度だけ録音してください。

「声を出す前に息を流し、喉を押さず、体の支えを確認します。」

最初の実験の、吸ってからの一本と吐いてからの一本の差を思い出しながら聞くと、この一文が単なる文言ではなく、練習の設計図そのものだと分かるはずです。発声練習は、続けた日数がそのまま結果になる種類の練習ではありません。正しい順番で確かめた回数だけが積み上がります。明日の練習は音階からではなく、短く吐く息ひとつから始めてください。声はその一瞬から変わり始めます。

よくある質問

Q. 発声練習 基本では何から始めるべきですか
最初は声量や高音より、息が止まっていないか、喉で押していないか、録音で再現できるかを確認してください。
Q. 毎日練習した方がいいですか
短い練習を続けるのは有効です。ただし喉に痛みや強い違和感がある日は無理に続けず、練習量を落としてください。
Q. 録音は必要ですか
必要です。自分の中で聞こえる声と相手に届く声は違うため、録音で入り、息、語尾を確認します。
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奥津ユキ
書いた人
奥津ユキ

ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。

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