歌になると母音がこもる、歌詞が聞き取りにくいと言われる。
舌の中央を上げた時のエを比べる
歌で母音を練習する時は、口を大きく作り替える前に、舌の中央の高さだけを替えます。出しやすい一つの高さで「エー」を二秒ほど伸ばしてみてください。一度目は舌の中央を口の底へ下げたままにし、二度目は舌の中央だけを上あごへ近づけて同じ「エー」を伸ばしましょう。唇の形、顔の向き、音の高さ、音の長さ、息を出し始める時刻は二回で揃えます。変える変数は舌の中央の高さだけで、二度でも30秒を超えません。
比べるのは、エの最初で舌が急に前へ逃げないか、伸ばしている途中で喉の周辺に押す感じが増えないかです。私がこの場面でまず確認したいのは、「エ」という名前ではなく、母音ごとに口の中の通り道をどの形にした時に無理が出るかです。二度目に舌の中央を近づける時も、舌先を動かしたり、唇を作り直したりせず、中央だけを上下させます。エを伸ばす間に音の高さを上げ下げしないことも、二回をそろえる条件です。母音練習では、形を一つに絞ると、どこで押す感じが生じたかを分けて見られます。差が出た場合は、歌詞のエが続く箇所で同じ舌の高さを避ける判断材料になります。差が出なければ、舌の中央ではなく、唇の形、音の長さ、使う高さなど別の原因へ進みます。喉に痛みが出たら、その時点で中止してください。
こもりの正体は、口の開け方より手前にあります
母音が奥にこもると、たいていの人は口の開け方から疑って、大きく開けたり形を作り込んだりしたくなります。けれど、形だけ整えても響きが乗らないのは、母音に入る前の準備が崩れているからです。
関わっているのは三つです。まず息。強く押し込めば母音は硬くなり、弱ければ届きません。量ではなく、声に乗って流れているかどうかを見ます。次に喉。響きや高さを喉の力で足そうとすると、母音はその場しのぎの不安定な音になります。最後に体。肩が上がる、顎が前に出る、胸が固まる。それだけで息の通り道は狭くなり、足りない分を喉が肩代わりし始めます。
「頭のてっぺんから声を抜くように」といった抽象的なイメージで教わった経験のある人もいると思いますが、私はそうした言い方をしません。実際に変わるのは、もっと具体的な場所だからです。
レッスンで一番驚かれる指示があります
こもった母音に対して私がよく出すのは、「口から声を出さないでください」という指示です。ほとんどの人が一瞬戸惑いますが、やることは単純です。口と一緒に息を前へ押し出すのをやめて、鼻の奥のあたりに響かせる感覚へ切り替える。それだけで、奥に沈んでいた母音が急に前へ出てくることがあります。
口の前に声の出口があると思っていると、母音を届けようとするほど口先に力が集まります。出口を鼻の奥に置き直すと、口はただ母音の形を作る場所に戻り、響きは息に乗って勝手に運ばれていきます。冒頭の母音だけの録音で言葉の輪郭が変わった人は、この感覚をすでに一度通っています。
切り替えの手がかりに、ハミングを使うのも有効です。口を閉じて軽く鼻歌を鳴らすと、響きは自動的に鼻の側に集まります。その鳴っている場所を覚えたまま口を開いて「あ」に変えると、口先から押し出す出し方との違いが体感として残ります。ハミングから母音へ、母音からフレーズへ。この橋渡しを覚えると、こもりに気づいたその場で立て直せるようになります。
五つの母音のうち、どれで落ちるかを特定します
母音のこもりは、五つとも均等に起きるわけではありません。私のレッスンでの実感では、「い」と「う」のように口の中が狭くなる母音で響きが落ちる人と、「あ」のように大きく開く母音で逆に喉ごと開きすぎて音が散る人に分かれます。
冒頭のワンフレーズの録音を、今度は母音ごとに聞いてみてください。どの母音のところで急に音が暗くなるか、遠くなるかを探します。落ちる母音が特定できたら、その母音だけをハミングからつなげて単独で置き直し、フレーズに戻します。全部の母音を均等に鍛え直すより、崩れる一音を狙う方がはるかに早く進みます。
歌詞の中では、同じ「い」でも音の高さや前後の子音によって難しさが変わります。だから練習の単位は五十音表ではなく、実際に歌うフレーズのままにしておくのが確実です。
練習は、母音を出す前のひと手間から組み立てます
最初に、声を出さずに息だけを短く吐きます。吐いた息が体の前へ抜けていく感覚を作るための準備です。次に、いちばん楽な音量で母音をひとつだけ置きます。張り上げるのではなく、置く、くらいの気持ちで十分です。ここで喉が押されていなければ、フレーズに進みます。
進む先は音階ではなく、冒頭で使ったワンフレーズです。母音だけで一度なぞってから、歌詞に戻して録音する。この流れを一日一回、同じフレーズで続けてください。毎日違う曲で試すと、変化したのか曲が変わっただけなのか聞き分けられなくなるので、最初の一週間は一つのフレーズに絞ります。
高さも固定します。原曲のキーで苦しいなら、楽に届く高さまで下げて構いません。高さへの挑戦と母音の整理を同時にやると、うまくいかなかったときにどちらが原因か分からなくなります。母音が前に出る感覚がフレーズ単位で安定してから、半音ずつ原曲へ戻していけば十分です。
一週間続けて聞き比べると、たいてい自分の落ちやすい場所が一つに絞れてきます。フレーズの頭で毎回硬く入るのか、伸ばす音の途中で暗くなるのか、語尾の母音が閉じてしまうのか。絞れた一か所が、二週目からの練習の的になります。
響かない日ほど、音量を半分に落とします
母音が響かないと感じる日は、つい声を大きくして押し切りたくなります。けれど、喉で押した状態のまま音量を足すと、こもりは残ったまま負担だけが増えます。逆に、音量を半分にしてみてください。
小さくすると、ごまかしが効かなくなります。息が先に流れているか、喉で母音を作っていないか、フレーズの終わりで響きが落ちていないか。小さな音量で崩れる母音は、大きくしても同じ場所で崩れます。小さいままで安定させてから、少しずつ戻す方が結局早く進みます。
カラオケで気持ちよく歌えた日ほど、この確認を飛ばしがちです。伴奏と勢いに乗った声は、母音の粗を隠してくれます。母音の練習だけは伴奏を消して、自分の声だけが聞こえる状態でやってください。
録音は、入りと途中と終わりの三か所だけ聞きます
聞き返すときに、歌の上手い下手を採点しないでください。全体の印象で聞くと、好き嫌いや照れに気持ちが引っ張られて、確認が止まります。
聞くのは三か所です。フレーズの最初の母音が、喉から押し出されて始まっていないか。途中で息が途切れたり、急に強くなったりしていないか。最後の音の響きが、言い終わる前に落ちていないか。昨日の一本と今日の一本で、この三か所のどれか一つでも動いていれば、練習は前に進んでいます。
聞き分けに自信がないうちは、歌詞の意味を追わずに、音の明るさだけを追ってください。母音のこもりは、聞き手には歌詞が急に遠くなる感じ、照明が一段落ちる感じとして届きます。意味ではなく明るさの変化として聞くと、素人の耳でも案外はっきり捉えられます。
喉に引っかかりを感じた日は、母音より休みを選びます
練習の途中で喉に痛みが出る、かすれがいつまでも取れない、一晩置いても戻らない。そういう状態が続くなら、発声で乗り越えようとせず、耳鼻咽喉科など専門家に相談する選択肢を持っておいてください。
歌う声にとって大事なのは、一度だけ大きく響くことではなく、必要な母音をいつでも同じように出せることです。喉をかばって練習を軽くする日を作ることは、上達を遅らせる判断ではなく、歌い続けるための判断です。軽くする日は、声を出さずにハミングだけ、あるいは母音の口の形を無音でなぞるだけでも、体は練習の流れを覚えていてくれます。
母音が変わったかどうかは、歌詞に戻した一本が教えてくれます
母音だけで歌う練習は、それ自体がゴールではありません。子音を外して息の流れを思い出し、その流れごと歌詞へ持ち帰るための通り道です。
だから練習の最後は、必ず歌詞に戻した一本で締めてください。「青い空に 声がひろがる」でも、選んだ曲のサビでも構いません。言葉の輪郭が前に出ているか、その一本だけを聞きます。母音の練習の答えは、母音の中ではなく、歌詞に戻ったその一本の中にあります。
よくある質問
- Q. 母音の発声練習では、口を大きく開けるほど効果がありますか?
- 開きの大きさより、母音ごとに喉を押し広げないことを重視します。私は「あ・い・う・え・お」を同じ息の流れでつなぎ、口の形が変わっても声が前へ進むかを見ます。
- Q. 「い」で声が細くなるとき、どこを見直しますか?
- 「い」で声が細くなると、口角を強く引き、息まで止めることがあります。私は横に引くより、息の速さを保ち、舌の力を抜いて母音の芯を残すようにします。
- Q. 母音を伸ばすと息が続かない場合、どう練習しますか?
- 母音を長く保とうとして息を大量に出すと、音が散りやすくなります。私は腹圧を急に緩めず、短い一音でも響きが残るよう、閉鎖の加減を整えます。
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ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。
詳しいプロフィール →歌が上手くなる声の出し方。音程の前に整える息と響き
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