疲れると声が弱くなる。体調に左右されない土台を作る
夜泣き対応などで睡眠が細切れになり、日によって声の張りが大きく変わる人へ。その日の疲れに振り回されない声の土台の作り方を紹介します。
奥津ユキ
夜中に三度起こされて、抱っこのまま朝を迎えた日。保育園の玄関で先生にかけた朝のあいさつが、自分でも驚くほど力なく出て、よく眠れた日との落差にがくぜんとする。この差を体力や気合いの問題として片付ける前に、玄関を出る前の一分で確かめられることがあります。使うのはスマホのボイスメモだけです。
玄関を出る前の一分でできる、声の支えの聞き比べ
ボイスメモを起動して、毎朝使っている一言を二回録音してください。
「今日もよろしくお願いします」
一回目は、いつも通りに言います。二回目は、言う前に下腹のあたりへ軽く圧をかけ、その圧を保ったまま同じ一言を言います。力んで強く押し込む必要はなく、お腹の内側から薄く張る程度で十分です。
再生して聞き比べるのは一点だけ。声の輪郭がぼやけているか、締まっているか。多くの方は、眠さも体のだるさもまったく同じなのに、二回目のほうが声の芯が通って聞こえることに気づきます。つまり、疲れた日に声が弱くなる直接の原因は、睡眠不足そのものではなく、疲れによって声の支えが抜けていることです。そして支えは、疲れたままでもかけ直せます。
眠い朝に録音を聞き返す余裕なんてない、という日もあると思います。その場合は、録るだけ録っておいて、聞き比べは信号待ちや電車の中など、あとから手が空いた時で構いません。むしろ時間を置いて聞いたほうが、朝の自分の声の沈み具合が他人の声のように客観的に聞こえて、違いに気づきやすくなります。
夜泣きの翌朝、体はこわばったまま声を出しています
夜中に何度も起き上がって抱っこや寝かしつけをした翌朝は、肩や背中がこわばったまま一日が始まります。思い出してみてください。腕の内側に頭を乗せて肩をすぼめたまま揺れ続け、やっと眠った子をベッドに下ろす数秒間は、起こさないように息まで止めている。夜通しこの姿勢と呼吸を繰り返した体は、朝になっても浅い呼吸と上がった肩を覚えたままです。縮こまった体で声を出そうとすると、支えのないまま喉だけで押し出す形になり、力のない、届かない声になります。
声の弱さを睡眠不足だけに結びつけると、「眠れなかった日はあきらめるしかない」という結論になりがちです。けれど夜泣きの時期に、毎晩ぐっすり眠るという対策はそもそも取れません。変えられるのは睡眠の量ではなく、こわばった体のまま声を出していないか、という部分のほうです。ここに目を向けるだけで、疲れた日の声の沈み方はかなり変わります。
気持ちの弱さではなく、筋肉の使い方の問題です
寝不足で気力がわかない朝は、声が小さいのも気持ちが落ちているせいだと考えてしまいがちです。ですが私の実感では、声の小ささやかすれは、気持ちの強さ弱さだけで決まるものではありません。疲れや緊張で筋肉がこわばりやすくなるという経路は確かにあります。ただ、手を入れるべき場所は気持ちではなく、こわばった筋肉の使い方のほうです。
気持ちが沈んだままでも、体の使い方さえ整えば、いつもに近い声は出せます。「今日は疲れているから声が出なくて当然」と先に決めてしまわず、先ほどの録音のように、圧をかけ直したら変わるかどうかをまず確かめる。この順番を習慣にしてみてください。
ほとんどの人は、十のうち二の力で声を出しています
私は声の出しやすさを十段階でたとえることがあります。持っている声の最大値が十だとすると、普段は二くらいの力加減で日々を過ごしている方がとても多い、ということです。これは性格や体力の弱さではなく、初期値そのものを引き上げる筋力の問題です。
疲れた日にこの初期値がさらに下がるのは自然なことです。ただ、土台の筋力を普段から育てておくと、下がり幅そのものが小さくなります。育て方といっても、練習時間を新しく確保する必要はありません。毎朝の一言を圧をかけた状態で言う、それを送りのたびに繰り返す。生活の中にすでにある発声の機会を、支え付きでこなすだけで、初期値は少しずつ持ち上がっていきます。二で暮らしている人が疲れて一に落ちれば半減ですが、五で暮らしている人が四に下がっても、聞き手にはほとんど分かりません。目指すのは、よく眠れた日だけ元気な声を出すことではなく、疲れた日でも極端に沈み込まない初期値を持っておくことです。
腕は疲れていても、お腹の圧は別の筋肉です
疲れた朝に声を整えたい時は、声そのものより先に、お腹の圧を確かめてください。お腹を大きく動かす呼吸のことではありません。下腹からみぞおちにかけて、薄い圧を絶やさずかけ続けておく感覚です。吐く時だけでなく、次の言葉のために息を吸う時にも、この圧を抜かないでおきます。
ここで頼りになるのは、抱っこで疲れる腕や肩と、お腹の圧を作る筋肉が別の場所だという事実です。一晩中の抱っこで腕が上がらない朝でも、お腹の圧そのものは残っています。体全体がだるいという感覚に引きずられて、まだ使える支えまで一緒に手放してしまわないこと。ここが、疲れた日の声の分かれ目になります。
自転車の前と後ろに子どもを乗せて送る朝なら、園に着いた時点で息が上がっているはずです。呼吸が乱れたまま玄関に駆け込むと、第一声は乱れた呼吸の上に乗ってしまいます。自転車を停めてから玄関までの数歩のあいだに、お腹の圧を一度かけ直す。それだけの準備でも、息が上がった朝の一言はずいぶん変わります。
話す量を減らしても、声の沈みは解決しません
「声が弱るのは話しすぎだから、量を減らせばいい」と考える方は多いのですが、私はそれだけではないと感じています。話す量に加えて、疲れた時に肩がこわばって血流が悪くなり、体全体が硬くなることも、声の張りに影響します。夜泣き対応の日は、話す量自体は普段と変わらないのに声だけが沈む。これは、量よりも体の硬さのほうが効いていることの表れです。
それに、育児と仕事を続けながら話す量を減らすのは現実的ではありません。量を管理するより、声を出す前に肩を二、三度回し、首をゆっくり左右に倒してから話し始めるほうが、生活の中に組み込みやすい対策になります。
送り迎えの一言は、朝礼の一言につながっています
送り迎えを終えて出社したあとの朝礼でも、夜泣き明けの日は声が一段沈んで聞こえることがあります。育児の疲れと仕事の声は別物のように感じられますが、声を支えている体は同じ一つです。玄関で沈んでいた声は、そのまま会議室にも持ち込まれます。
だからこそ、朝礼で最初に口を開く直前にも、玄関と同じ確認を持ち込んでください。お腹の圧をかけ直してから話し始める。語尾まで息を残す。担当と進捗を伝えるだけの数十秒の報告でも、順番が回ってくる直前の一呼吸で圧をかけ直しておくと、寝不足の日でも報告の後半まで声が持ちます。場所が家庭から職場に変わっても、見る場所は変わりません。
あわせて、パートナーと交代であやせた夜と、一人で対応し続けた夜とで、翌朝の声の沈み方がどれくらい違うかを、一週間ほどゆるく振り返ってみてください。細かい記録は要りません。頭の中で、昨夜の対応と今朝の一言の沈み具合を結びつけておくだけで十分です。負担の大きかった翌朝ほど圧の確認を増やす、という調整ができるようになるだけで、日ごとのばらつきに振り回されにくくなります。
玄関前の三十秒が、体調に振り回されない土台になります
家を出る前の三十秒だけ、抱っこと添い寝で固まった体をほどいてから声を出します。肩を軽く二、三度上下させ、首を左右にゆっくり倒し、最後に短く息を吐いてから、小さな声で朝の一言を一度だけ言ってみる。大きく動かす必要はなく、こわばりが少しゆるめば十分です。
体調に左右されない声とは、いつでも元気いっぱいの声のことではありません。元気さの量は日によって上下して構わない。疲れた日にも同じ手順で支えられる、その手順のほうがぶれないことを指します。なお、喉のかすれや痛みが休んでも取れない、声が急に出にくくなったという状態が続く場合は、疲れのせいと決めずに医師や専門家に相談してください。
仕上げにもう一度だけ、「今日もよろしくお願いします」を、圧をかけ直してから録音してみてください。最初の録音と並べて、輪郭が少しでも変わっていればそれで十分です。夜泣きの続く時期に、声のことまで頑張る余裕はなくて当たり前です。玄関前の三十秒とこの一言だけを、眠れた日も眠れなかった日も同じ手順で。明日の朝の第一声は、そこから変わります。
よくある質問
- Q. 夜泣き対応で寝不足の日は、声を出す練習を休んだ方がいいですか
- 喉に痛みや強い違和感がある日は無理をせず休んでください。ただ声が弱く感じる程度であれば、量を増やすのではなく短い一文だけで土台を確認する方が、翌日以降にもつながります。
- Q. よく眠れた日でも声に張りがない日があります。原因は睡眠だけですか
- 睡眠は大きな要因ですが、それだけではありません。肩こりや血流の悪さ、体の力み方も声の張りに関わっていると私は感じています。
- Q. 体調に左右されない声というのは、いつでも元気な声のことですか
- そうではありません。元気さの演出ではなく、疲れている日でも同じ手順で声を支えられる状態のことです。日によって元気さが違っても、土台となる支え方は変えずに保てます。
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ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。
詳しいプロフィール →声が小さい・通らない人へ。大きい声を出さずに改善する方法
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