「本日はよろしくお願いします」と二度言ってみてください。一度目は、声を出す前に一度だけ息を静かに全部吐き切り、自然に戻ってきた息で言います。二度目は、いつも通り吸ってから言います。声量・速さ・高さは揃え、変えるのは「吐いてから始めるか、吸ってから始めるか」だけです。一度目のほうが楽なら、入口は息です。差がなければ繰り返さず、姿勢や舌の力など別の原因へ進みます。
初心者のメニューは練習の順番で決まる
ボイストレーニングを始めると、腹式呼吸、ロングトーン、ハミング、滑舌練習など、取り組みたい項目が一気に増えます。しかし、メニューの種類を増やすほど声が整うとは限りません。大切なのは、息、喉、言葉の区切りという三段階を、前の段階が働いた状態で次へ進めることです。
声は、動いている息に喉の振動が加わり、その音を口の中で言葉へ変えることで生まれます。息が止まっている段階で喉だけを強く鳴らそうとすると、首や顎まで使って音量を作りやすくなります。その状態で長く声を出しても、鍛えられるのは楽な発声ではなく、力んで押し出す習慣です。
順番を料理にたとえるなら、息は火、喉は鍋、言葉の区切りは盛り付けです。火がついていない鍋をかき回しても、中身は温まりません。同じように、呼気が流れていないまま響きや滑舌を調整しても、話し声へつながりにくくなります。
そのため初心者のメニューは、息を動かす、少ない力で喉を鳴らす、息が続く範囲で言葉を分ける、という順序で組み立てます。調子が悪い日に三段階すべてを強行する必要もありません。前の段階が崩れたら一つ戻るという判断まで含めて、練習メニューになります。
息の練習では量より通り道を整える
息の段階で目指すのは、大量に吸うことではありません。話す直前に胸を持ち上げて吸い込むと、吸ったところで体が止まり、声の出だしを喉で押すことがあります。静かに吐いたあと、力を加えずに戻ってくる息を受け取るほうが、発声までの動きは途切れにくくなります。
練習では、肩幅程度に足を開き、膝を固めずに立ちます。口を軽く開け、ため息よりも細い息を六秒ほど吐きます。腹部をへこませきろうとせず、息が少なくなったところで終えます。その後は自分から勢いよく吸わず、鼻や口から空気が戻るのを待ちます。これを三回行えば十分です。
次に、戻ってきた息へ小さな「は」を一音だけ乗せます。大きな音を作るのではなく、息の流れが急にせき止められないかを確かめます。出だしで首が硬くなる、顎が上がる、胸が固定されるなら、声を長く伸ばさず、無声音の呼気へ戻ります。
この段階の合格基準は秒数ではなく、吐く、戻る、声になるという動きが連続していることです。十秒吐けても、直後に息を奪うように吸っていれば話し声の準備にはなりません。反対に四秒程度でも、静かに息が戻り、同じ姿勢のまま発声できるなら、次の喉の練習へ進めます。
喉は息が動いてから小さく鳴らす
息が流れるようになったら、喉の仕事を加えます。ここでも音量を上げることや、高い声を出すことは目的にしません。私がこの場面で確認したいのは、息の上に声が乗っているか、それとも声を出す瞬間だけ喉が閉じているかです。小さな音ほど、ごまかしが少なくなります。
唇を閉じ、会話より小さな「んー」を二秒ほど出します。唇や鼻の周辺にかすかな振動があれば十分です。振動を強くしようとして鼻へ押し込んだり、眉間へ響かせようとしたりする必要はありません。息を止めず、喉の奥に余白が残っている感覚を優先します。
次に「んーあ」と、口を静かに開きます。「あ」へ移った瞬間に音が急に大きくなるなら、口を開く動作と一緒に息を押しています。反対に音が消えるなら、「ん」で喉を閉じすぎていた可能性があります。前後の音量を近づけ、同じ息の流れの中で母音へ移れる位置を探します。
一回ごとの発声は短くし、五回程度で区切ります。回数を増やして喉が疲れてから正しい位置を探すのは効率的ではありません。首の前側が硬くなる、唾を飲み込みたくなる、声の出だしが重くなる場合は、その日の喉の段階を終え、呼気だけの練習へ戻します。
言葉は意味のまとまりごとに区切る
息と喉が連動しても、文章を一息で言おうとすると、後半で息が不足します。そこで必要になるのが言葉の区切りです。区切りは単なる息継ぎではありません。聞き手が意味を受け取る単位と、話し手が無理なく呼気を使える単位を一致させる作業です。
たとえば「資料を確認してから担当者へ共有します」は、「資料を確認してから/担当者へ共有します」と分けられます。前半を言い終えたら息を絞り出さず、口と喉を一度休ませます。空気が自然に戻ったら後半へ進みます。区切った場所で肩を持ち上げないことも大切です。
文章の途中で苦しくなる人は、息が少ないのではなく、前半で使いすぎていることがあります。出だしを必要以上に強くすると、後半のための呼気が残りません。一つ目のまとまりを七割程度の声量で始め、二つ目まで同じ音量を保てる配分を探します。
区切りの合格基準は、長く話せたかではなく、まとまりの終わりまで声の形が保たれたかです。終盤だけ速くなる、母音がつぶれる、顎が前へ出るなら、区切りを一つ増やします。短い単位を安定させてから結合したほうが、話し声の持久力も育てやすくなります。
十五分の基本メニューを三段階で組む
一日の基本メニューは、息に五分、喉に五分、言葉の区切りに五分を配分すると整理しやすくなります。ただし、時計だけで機械的に次へ進むのではありません。息の段階で肩や胸が固まる日は、十五分すべてを呼気の調整に使っても構いません。
最初の五分では、細く吐いて自然な吸気を待つ動作を三回行い、その後に短い「は」を加えます。二つ目の五分では、小さなハミングと「んーあ」を交互に行います。声を出している時間より、力が抜けるのを待つ時間を長く取ります。
最後の五分では、その日に使う短い挨拶や説明文を、意味のまとまりごとに斜線で分けて読みます。一文を三回連続で言うより、一回ごとに区切り方と息の残量を確認するほうが有効です。成功した回で切り上げ、疲労によって形が崩れるまで続けないようにします。
毎日別の練習へ替える必要はありません。同じ順番を保ち、言葉の材料だけを少しずつ変えます。順番が一定なら、どの段階で声が重くなったかを判断できます。練習内容が日ごとに大きく変わると、変化が技術によるものか、課題文によるものか分からなくなります。
うまくいかない日は一段ずつ原因を戻す
声が出にくい日に、喉を温めようとして発声回数を増やすと、原因から遠ざかることがあります。小さなハミングでも苦しいなら、その時点で喉の練習を続けず、声を伴わない呼気を確認します。息だけなら楽に動くのかを分けて考えます。
息を吐く段階から胸が苦しい場合は、姿勢を見直します。腰を反らせて胸を張っていないか、顎を引きすぎて首を縮めていないか、膝を固定していないかを一項目ずつ変えます。複数を同時に直すと、どれが呼気を妨げていたか判断できません。
息とハミングは楽なのに文章で固まる場合は、喉の弱さではなく、言葉の単位が長すぎる可能性があります。区切りを増やし、出だしの音量を少し下げます。特定の子音だけで止まるなら、その音の直前まで息が流れているかを確かめます。
練習中に一時的な乾きや疲れを感じたら、休止して通常の会話へ戻れるかを見ます。痛みを押して発声することはトレーニングになりません。喉の痛みや声枯れが続く場合は練習で解決しようとせず、耳鼻咽喉科を受診してください。
次の段階へ進む基準を声の楽さで決める
初心者が進歩を判断するとき、音域や秒数だけを基準にすると、力んで達成した回まで成功に含めてしまいます。見るべきなのは、同じ声量をより少ない準備で出せるか、文章の後半まで首や顎の状態が変わらないか、区切りで静かに息が戻るかです。
息の段階では、吐いた反動で肩を上げずに吸気が戻ることを目安にします。喉の段階では、小さな声の出だしに衝撃がなく、ハミングから母音へ音量を変えずに移れることを見ます。言葉の段階では、区切りの直前だけ速くならないことが基準になります。
三つが安定したら、文章を少し長くする、声量を一段だけ上げる、立位から座位へ変えるなど、負荷を一種類だけ増やします。長さ、音量、高さを同時に変えると、崩れた原因を特定できません。新しい負荷で固まったら、元の条件へ戻して順番を確認します。
声を変えるとは、派手な発声を追加することではなく、息から言葉までの受け渡しを滑らかにすることです。息が動き、その上で喉が鳴り、残った呼気に合わせて言葉を分ける。この順番を守れば、短い練習でも目的が明確になり、喉を消耗させずに次の課題を選べます。
よくある質問
- Q. ボイトレ初心者は、どの順番で練習メニューを組めばよいですか?
- 私は、いきなり音域や声量を追わず、体の余計な力を外すことから始めます。その後に息の流れ、声帯閉鎖の加減、響きの順で整えると、狙いが散らかりにくくなります。
- Q. 初心者が一度に多くの発声課題へ取り組むと何が起こりますか?
- 私は、直す場所が増えるほど、喉を締めて帳尻を合わせやすいと考えます。練習ごとに目的を一つに絞り、できた感覚を残してから次へ進むほうが、声の変化を判断しやすいです。
- Q. 初心者向けメニューに高音練習を早く入れても大丈夫ですか?
- 私は、低い音から中音域で息と閉鎖の加減を保てるかを先に見ます。土台がないまま高音へ急ぐと、首や顎に力が集まりやすくなります。届く高さで軽く往復する段階から始めます。
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ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。
詳しいプロフィール →声が小さい・通らない人へ。大きい声を出さずに改善する方法
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