コピー機が動き、あちこちで話し声が重なるオフィスで誰かに声をかける瞬間、内容が正しくても声そのものが空気に溶けて消えてしまうことがあります。何度も聞き返されると声量不足だと思い込みがちですが、実際に足りないのは音量ではないことが多いのです。まず一分、自分の席で確かめるところから始めてください。
雑音が続く場所で下あごを前へ
空調音や複合機の作動音が続く職場で、下あごを普段の位置に保ったまま、「資料の締切は、きょう三時です」と声に出してみてください。話す相手は同じ席にいてもらい、複合機が止まるタイミングを待たずに言います。音が途切れない場所で、時刻を含む短い連絡がどう届くかを比べるためです。相手役には、二回とも返事の前に聞こえた時刻だけを言ってもらいます。
一度目は下あごを普段の位置のままにし、二度目だけは下あごを前へ5ミリほど出して言います。声量、速さ、高さ、言う文、立つ位置、周囲の機器、話す相手との距離、唇の開き方は揃えてください。変えるのは下あごの前後の位置だけです。二度とも「三時」の前後に別の語を足さず、時刻を同じ位置で言います。
私がこの場面でまず確認したいのは、雑音が続く間にも「きょう三時」という時刻が相手に残るかです。二度目に同僚が時刻を三時と返し、二時や四時へ取り違えなければ、周囲の音と自分の声の重なり方が、あごの位置で変わるということが起こります。差が出なければ、あごではなく、雑音源の大きさ、相手との間の仕切り、会話場所の反射といった別の原因を確認します。
声が埋もれるのは、量の問題ではなく息と口の問題です
声が周囲の音にかき消され、相手に届く前に弱くなってしまう人ほど、対策としてさらに大きな声を出そうとします。ただ、雑音に対抗しようと喉を締めて張り上げると、力が喉に集中し、続く言葉がますます出しにくくなります。遠くまで届かせるには張り上げるしかないと思われがちですが、実際はそうではありません。張り上げるのではなく、響かせるほうへ意識を向けたほうが、同じ距離でも声は無理なく通ります。
まず確かめたいのは、最初の音がどこから出ているかです。出だしの音を喉の奥で作ってしまうと、埋もれた分を取り戻そうとしてさらに奥にこもります。逆に出だしが息に乗って飛び出せば、周囲が多少騒がしくても声の輪郭は保たれます。
聞き返される時に私がまず見るのは、声質そのものより先に、口がきちんと開いているかと声のトーンの二点です。この二つが整っているだけで、周囲が多少うるさくても声は届きやすくなります。
距離のあるフリーアドレスの席や、パーテーション越しの声かけでは、相手の耳までの距離が読みにくく、つい保険をかけて張り上げがちです。距離が伸びた分に必要なのは音量ではなく、息のスピードと、相手が顔を上げるまでのわずかな待ち時間です。名前を呼んで、相手がこちらを向いてから用件を言う。それだけで、同じ声でも届き方は変わります。
先ほどの一文を声にする前に、まず口を開く準備だけをします。続いて、声には出さずに短く息を流します。最後に、その息の流れに同じ一文をそっと乗せます。この三段階に分けてみると、喉の力で押しているのか、それとも息に乗って出せているのかが自分の耳で分かるようになります。
声を出す前に見る順番は、息、喉、体の三つです
まず息を見ます。周囲の雑音の中で声をかけようとするほど、無意識に呼吸を止めてから力む癖がつきやすくなります。深く吸い込むよりも、先に短く吐いて流れをつくるほうが、喉に頼らず声を出しやすくなります。
次に喉を見ます。雑音に張り合って喉を締めて出す声は、一瞬こそ通っても長続きしません。音量を上げる前に、喉の奥を締めずに出せる小さな声がきちんと出るかを確認します。小さな声で詰まるなら、張り上げたところで負担が増えるだけです。
最後に体を見ます。首や肩、顎がこわばっていると、息が流れていても声は前に出ていきません。特別な姿勢を作る必要はありませんが、足裏を床につけ、首の後ろが詰まらないようにしてから声を出すと、喉だけに頼っている感覚に気づきやすくなります。
録音の聞き方は、雑音の大きさより自分の声の輪郭です
慣れてきたら、同じ一文で三回目を録ります。今度は語尾まで息を保つことだけを意識してください。
聞き直すときは巧拙を横に置きます。出だしの音が周囲の音に押されて縮こまっていないか。途中で息が切れていないか。語尾がすり抜けていないか。喉が締まった響きになっていないか。この四点だけを聞き分けます。
語尾を長く伸ばすという意味ではありません。最後の一音まで息が途切れていないか、投げ出すように終わっていないかを確かめます。語尾が残っていると、雑音の中でも相手に届いた印象がきちんと残ります。録音を聞くときに自分の声の好き嫌いを判定し始めると、そこで練習が止まってしまうので、この四点の外は聞かなくて構いません。
フロアでも会議室でも電話でも、見る場所は変わりません
対面だと小さくなる、フロアの雑音では埋もれる、電話だと強すぎる。悩みの出方は場所ごとに違って見えても、確認すべき場所は変わりません。入り方、息、喉、体、語尾、間です。場面ごとに違う対処法を増やしすぎると、自分が何を直しているのか分からなくなります。
見落とされがちなのが、声を出す直前の一瞬です。崩れの多くは話している最中ではなく、話す前にすでに始まっています。周囲の音に急かされている、息を止めている、肩が持ち上がっている、喉が先にこわばっている。この状態のまま声を出すと、途中で立て直すのは難しくなります。
だからこそ、声をかける直前の調整はごく短くて構いません。呼吸が止まっていないか、顎にこわばりがないか、肩の位置が上がっていないか。それだけ確かめれば第一声の質は変わります。慣れてきたら、声を大きくする代わりに、相手との間にある空間に言葉を置くようなイメージを持ってみてください。投げつけるのではなく、息の流れに乗せて前へ運ぶ。そうすると、雑音の中でも張らずに届きやすくなります。
聞き返された直後の言い直しにも、同じことが使えます。聞き返された瞬間は、恥ずかしさで喉に力が入り、さっきより大きく張り直したくなります。そこで音量を足すのではなく、一度短く息を吐き直してから、同じ言葉を同じ大きさで言い直してみてください。二度目が通るなら、足りなかったのは音量ではなかったという何よりの証拠になります。
変化が出ない時は、声ではなく条件のほうを疑います
練習を重ねても変化を感じない時は、声の才能ではなく条件がずれていることのほうが多いです。声を出す前に急いでいる。息を吸いすぎて胸が固まっている。雑音に対抗しようと喉が持ち上がっている。語尾を最後まで聞かずに終えてしまっている。こうした細かな条件のずれが、届き方を左右します。
大声を出さずに第一声の向きで届かせる状態を目指すなら、いきなり完成形を求めないほうがうまくいきます。まずは一文だけで、喉が軽く感じられるか、呼吸が途切れないか、録音を聞いて声が前に出ているかを確かめてください。調子の良かった日にだけ長時間練習するのではなく、短い時間でも条件をそろえて続けるほうが、結果は積み重なりやすくなります。
喉に痛みや違和感がある日は、それでも通そうとして練習量を増やすのはやめてください。水分補給、休息、その日は声量を落とすという判断も必要です。声を鍛えることと、喉の状態を無視して押し切ることはまったく別物です。
明日の朝、最初に声をかける一言から変わります
通る声にしたいという思いが強いほど、回数を重ねたくなるものです。ただ、条件がばらばらのまま繰り返すと、喉に頼る癖をかえって強めてしまいます。一度に見る場所は一つだけに絞り、呼吸を止めない、喉に頼らない、語尾を残す。この三点を順に確かめてください。
仕上げに、同じ一文をもう一度だけ録ります。
「少しだけ確認してもよろしいですか。」
最初の録音と並べて、出だしの輪郭と語尾の残り方だけを聞き比べます。差がわずかでも、喉の負担が減って声が前に出ていれば、その感触を覚えておいてください。
声をかける相手が忙しそうな時ほど、遠慮が声量まで下げてしまいます。遠慮は言葉選びで示し、声そのものは息に乗せて届ける。この分け方を覚えておくと、静かなオフィスでも騒がしいオフィスでも同じように使えます。
コピー機の音も、周りの話し声も、明日も同じように鳴っています。変えられるのは雑音ではなく、声をかける直前の自分の息だけです。その一息が変われば、同じフロアでも聞き返される回数は少しずつ減っていきます。
よくある質問
- Q. 職場の雑音で声が届かないとき、大きな声を出すのが正解ですか?
- 大きさだけを足すと喉を締めやすく、かえって言葉がつぶれることがあります。私は息のスピードを上げ、要件の最初の語を前へ出すことで、騒がしい場所でも輪郭を作ります。
- Q. 周囲がうるさい職場で、相手に聞き返されにくい話し始め方はありますか?
- 呼びかけと要件を続けず、名前を呼んだ後にわずかな間を置きます。その後の一文は口をしっかり開き、声のトーンを少し明るくすると、注意を向けてもらいやすくなります。
- Q. オフィスの雑音に負けない声を作る際、避けるべきことは何ですか?
- 首を前へ突き出し、喉だけで張り上げることは避けたいです。声がかすれたり痛んだりする状態が続く場合は、無理に発声を続けず、耳鼻咽喉科などの専門家へ相談してください。
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詳しいプロフィール →声が小さい・通らない人へ。大きい声を出さずに改善する方法
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