·滑舌・発音

ワ行の滑舌トレーニング。唇の丸めと母音への移り方を整える

「わ・を・ん」が曖昧になり、社名や固有名詞が伝わらない人へ。ワ行は唇の丸めと母音への移り方で決まります。他の行の練習では届かない部分を整理します。

奥津ユキ

会議の冒頭で会社名を名乗ったとき、相手の表情が少し止まる。注文番号や商品名を読んだあとに聞き返される。声量は足りているのに、「わ・を・ん」だけが言葉の中へ沈むことがあります。こういうときに必要なのは、強く発音することではありません。唇を丸める動きと、その形から母音へ移る短い時間を、体の余計な力を減らした状態で確かめることです。

まず、頬の力を抜いて「お手数をおかけします」と言います。次に、両頬へ少しだけ空気を残したまま、同じ言葉を言います。言葉のこもり方と、頬の内側の動きを比べてください。差が出なければ、頬よりも下唇を内側へ入れすぎていないかを見ます。

この実験で求めたいのは、頬をふくらませたまま話すことではありません。頬が内側へ強く吸い込まれると、下唇も引かれ、唇の丸い形が途中でほどけやすくなります。わずかな空気の余りを感じると、唇だけを前へ使う余地が生まれます。「を」の前後や語尾の「ん」で言葉が薄くなる人ほど、力を足す前に、この余地をつくるほうが役立ちます。

ワ行は口を大きく開くだけでは輪郭が出ない

「わ」が不明瞭だと、口を大きく開けようとする人がいます。しかし、ワ行で大切なのは開きの量より、唇が一度まとまり、そこから母音の形へ移ることです。口を早く大きく開くと、唇が丸くなる前に母音だけが先へ出ます。すると「わ」は「あ」に寄り、「を」は短い「お」のように聞こえます。音をはっきりさせようとして口を広げたのに、輪郭が消えるのはこのためです。

唇をすぼめるという言葉から、強く前へ突き出す形を想像するかもしれません。けれど、必要なのは力んだ小さな口ではありません。上唇と下唇の中央に、軽い丸みが集まる程度です。頬骨の下や口角を横へ引く力が強いと、唇の中央まで横に伸びます。そこで「わ」を言うと、丸みをつくるために余分な時間がかかり、次の母音へ移る頃には音がぼやけます。

息を多く出せば解決する問題でもありません。呼気を勢いよく押すと、唇の形を保つより先に喉が反応し、声の入り口が硬くなります。私は歌の指導で、音程より前に子音が崩れる場面を見ると、息の量ではなく、顔の前側が横へ固まっていないかを観察します。話す声でも同じように、形の準備を短く正確にするほうが、言葉は届きやすくなります。

「わ」と「を」を分けるのは唇の戻り方

「わ」は丸い唇から開きへ移る音です。一方の「を」は、助詞として言うときも、言葉の途中にあるときも、丸みを一瞬つくったあとで次の音へ渡します。どちらも唇を丸めますが、言い終えてから形をほどくのでは遅すぎます。丸みをつくりながら、次の母音の方向へすでに戻り始めている。この重なりがあると、音が急いでいても曖昧になりにくくなります。

たとえば「お問い合わせを承りました」を、単語ごとに区切らずに言います。このとき「問い」「合わせ」「を」のたびに唇を完全に休ませると、文全体がばらばらになります。反対に、全部を同じ形のまま押し流すと、「を」が落ちます。唇の中央だけが小さく丸まり、すぐに次の「あ」へほどける感覚を残すと、助詞が言葉の流れに埋もれません。頬の外側まで動かす必要はないので、鏡を見るなら口全体より唇の中央の変化に注意を向けます。

練習では、「わ」を長く伸ばさないことも大切です。「わー」と引き延ばすと、丸い形を作る練習にはなっても、移り変わりの速さは育ちません。「わ、わ、わ」と短く切るより、「わたしは」「われわれは」のように次の音を含んだ形で言うほうが、仕事の声に近い動きになります。言い切るたびに口を閉じず、唇が次の音へ戻る途中を感じ取ります。

「ん」は閉じる時間を短くする

ワ行が曖昧な人は、「ん」も一緒に薄くなることがあります。これは「ん」を強く鼻へ響かせればよいという意味ではありません。「ん」は、口の中でどこかを固く閉め続ける音ではなく、次の音へつなぐための短い通過点です。閉じる場所を決めようとしすぎると、舌や唇の動きが止まり、後ろに続く母音が遅れます。結果として、語尾がこもったり、名前の最後が消えたりします。

「山本」「川辺」「オンライン」のような言葉では、「ん」のあとに何が来るかで、口の中の準備は少し変わります。ただし、会話の最中に細かく分類する必要はありません。大切なのは、「ん」で全部を止めないことです。鼻の奥を押し上げようとせず、顎を固めず、次の音がすぐ出られる程度に留めます。語尾の「〜ですん」と聞こえるほど口を閉じ込める癖があるなら、音を増やすより、閉じる時間を短くするほうへ意識を向けます。

「お電話番号をお願いします」と一息で言い、最後の「す」を急がずに置きます。その前にある「ばんごうを」で、唇を丸める動きと「ん」の通過が続きます。ここで顎が上下に大きく動くと、唇の細かな移動が追いつきません。顎は軽く支えたまま、唇と舌がそれぞれ必要な距離だけ動く状態を目指します。

社名・固有名詞で曖昧さが目立つ理由

社名や人名、地名は、相手が予測しにくい言葉です。文脈から補えないので、一音でも輪郭が薄いと聞き返しにつながります。日常語では通じているように感じても、固有名詞で急に伝わらなくなるのは不思議ではありません。とくに「わ」「を」「ん」は、短く通り過ぎるため、話し手自身が落ちたことに気づきにくい音です。

ここで必要なのは、固有名詞だけを特別に大きく言うことではありません。名前に入るワ行や「ん」の直前から、口の準備を始めます。たとえば「株式会社わかば商事」と名乗るなら、「会社」の終わりで口を閉じ切らず、「わ」へ向けて唇の中央に丸みを作る時間を確保します。最初の音だけを強く打ち出すと、後ろの「かば」が速くなり、かえって社名全体が崩れます。語の最初から最後までを一つのまとまりとして扱うと、音量を上げずに明瞭さを出せます。

固有名詞を言う前に肩が上がる人もいます。間違えられたくない気持ちから、首や胸元が固まり、口の周囲まで引っ張られるためです。けれど、声の輪郭は緊張の強さでは増えません。肩を下げようと押し込むのではなく、息を吐き切らずに言葉を始めます。胸に残る呼気の余裕があると、唇の形を急いで作らずに済みます。

頬と下唇を動かしすぎない

頬を横へ引く癖と、下唇を内側へ巻き込む癖は、ワ行を似た形で曖昧にします。どちらも唇の中央に丸みを作る空間を狭くするからです。頬が強く動くと、唇は横に薄く引き延ばされます。下唇が歯の内側へ入りすぎると、唇を前に戻すまでに余計な動きが増えます。話す速度が上がるほど、その遅れは「わ」や「を」の欠落として表れます。

確認するときは、下唇を外へ突き出して矯正しようとしません。それでは別の力みが加わります。上下の歯を強くかみ合わせず、下唇が下の前歯に軽く触れるか触れないかくらいの位置で、「お手数をおかけします」を言います。頬の内側がへこみ続ける感じがあれば、口角を上げる力を少し休ませます。表情を消すのではなく、言葉のたびに頬が仕事を引き受けすぎないようにする、という考え方です。

人前で話すとき、笑顔を保とうとして口角を固定することがあります。印象のために必要な場面もありますが、固定された笑顔のままでは唇の中央が動きにくくなります。表情と発音を同じ筋肉だけで担当させないことが大切です。口角は柔らかく保ち、音の輪郭は中央の小さな移動でつくる。この役割分担ができると、声の表情も不自然になりません。

単語から仕事の文へつなげる

動きを確かめる順番は、短い音から長い説明へ進めるのが安全です。ただし、他の行を一つずつ並べるような練習ではなく、ワ行と「ん」を含む言葉だけで流れを作ります。「わたし」「お問い合わせ」「番号」「ご案内」を、息を止めずに続けます。口を大きく動かせたかではなく、丸みが現れて次の音へ戻るまでが途切れなかったかを感じます。

次に、「お問い合わせありがとうございます。担当へご案内します」と言います。文の前半では「お」と「わ」の間、後半では「ご案内」の「ん」と次の母音の間が急所になります。どちらか一方だけを目立たせようとせず、文の速さを変えずに通します。言葉が遅くなりすぎるなら、唇の形を長く保ちすぎている合図です。必要なのは停止ではなく、短い移動です。

電話やオンライン会議では、相手の顔が見えない分、音の輪郭に頼る場面が増えます。それでも、相手へ届けようとして唇と顎を大きく使う必要はありません。体の前側が固まるほど、細かい移動は鈍くなります。背中を反らせず、座っているなら坐骨で椅子を軽く受け、胸の上側を押し上げないまま話します。安定した胴体があると、顔だけで言葉を作ろうとしなくなります。

練習中に確かめたい三つの感覚

ワ行の練習では、音の正しさを判断しようとして顔を固めがちです。そこで、耳だけでなく体の感覚を手がかりにします。一つ目は、唇の中央が横に引かれずに丸くなっているか。二つ目は、その丸みが次の母音へすぐ戻っているか。三つ目は、「ん」のあとに顎や首が止まっていないかです。三つすべてを同時に直そうとせず、一回につき一つだけを見ます。

うまくいかないときは、言葉をゆっくりにしすぎないほうがよい場合もあります。極端にゆっくり話すと、唇を長く保ち、普段の会話にはない重い動きが身につきます。普段より少しだけ余裕のある速度で、短く繰り返します。音が落ちても、その瞬間に顔を作り直さず、次の一回で下唇や頬の動きを減らします。

また、口の中が乾いていると唇の動きが大きく感じられ、必要以上に力が入りやすくなります。練習前に水分をとり、口を閉じたまま唇だけを何度か軽く合わせておくと、動きの出発点を見つけやすくなります。ここでも強く押しつける必要はありません。触れて、離れる。その小さな往復が、丸みを作る感覚の土台になります。

聞き返されない声は小さな移動でつくられる

「わ・を・ん」が伝わりにくいとき、原因を発声全体の弱さだと決めつける必要はありません。唇の丸みが作られる前に口が開くこと、頬や下唇がその動きを妨げること、「ん」で次の音への準備が止まること。こうした小さなずれが重なると、社名や固有名詞のように聞き逃せない言葉で目立ちます。

私が歌の指導で大切にしているのは、音を力で押し出す前に、体のどこが余計に働いているかを見ることです。話す声にも、その見方は転用できます。ワ行を明瞭にするために必要なのは、大げさな口の形ではありません。頬の力を少し休ませ、下唇を巻き込まず、唇の中央が丸くなって次の音へ戻る道を残すことです。その短い移動が整うと、声は無理に大きくしなくても、相手の耳に届く形へ変わっていきます。

よくある質問

Q. ワ行だけが曖昧になるのはなぜですか
ワ行は子音の当たりが弱く、唇を丸める動きと次の母音へ移る速さで輪郭が決まります。舌を強く当てて作る行とは仕組みが違うため、他の行の練習をいくら足しても変わらないことがあります。
Q. 早口言葉でワ行を鍛えられますか
速さを上げると、唇の丸めが間に合わないまま母音へ移りやすくなります。輪郭がつかめていない段階では、速さより唇が丸まる時間を確かめるほうが先です。
Q. 社名の「わ」が聞き返されるときはどうしますか
社名は相手が予測できない語なので、他の言葉より輪郭が必要です。語頭の「わ」だけを取り出して唇の形を確かめ、そのあと社名全体に戻すと、言い直しの回数が減ります。
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奥津ユキ
書いた人
奥津ユキ

ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。

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