舌の筋トレは滑舌に効くのか。鍛える前に見直す三つのこと

舌を鍛えれば滑舌が良くなるとは限りません。息の流れ、言葉の頭、母音の始まり、区切りを先に見直す整え方を、塾講師の説明場面で解説します。

奥津ユキ

「舌を鍛えれば滑舌が良くなりますか」というご質問をいただきます。舌回しや舌出しのトレーニングを毎日続けているのに、聞き取りやすさがあまり変わらないという声もあります。塾で同じ問題を一日に何十回も説明する講師の方からも、似たご相談をいただいたことがあります。答える前に、次の一文をスマホで録音してみてください。舌をどう動かすかより先に、確かめておきたいことがあります。

「この問題は、まずxを求めてから、yに代入します」を録音します

普段説明するときの速さのまま、この一文を一度録音してください。再生して、「まず」の頭の音がはっきり立っているか、「代入します」の語尾まで声が残っているかを聞きます。

次に、舌を思い切り大きく動かすことを意識しながら、同じ一文をもう一度録ります。舌先を口の中で大きく回すつもりで話すと、多くの場合、二回目のほうが「まず」や「代入します」の頭の音が遅れて出てきます。舌の動きに意識を割いた分、言葉の出だしへの意識が薄くなるからです。舌を大きく動かすことと、聞き取りやすく話すことは、思うほど同じ方向を向いていません。

この二回を聞き比べると、鍛えた舌をどう使うかより先に、確かめるべきことがあると分かるはずです。舌の器用さを増やすことよりも、今すでに動く舌を、どのタイミングで動かし始めるかのほうが、聞き取りやすさに直結しています。

「舌を鍛えれば滑舌が良くなる」は、思うほど単純ではありません

舌の筋トレ自体を否定するつもりはありません。舌の筋肉が弱いことは、滑舌が悪くなる一因になり得ますし、舌を回す・前に出すといった筋トレにも一定の効果はあると私は感じています。ただ、それだけが原因でも、それだけが解決策でもありません。

緊張すると舌が固まって滑舌が悪くなる、という感覚を持つ人は多いはずです。これは否定できません。ただ、この固まりは筋力不足というより、体全体が力んでいることの一部として舌にも力が入っている状態です。舌だけを個別に鍛えても、体の力みが残っていれば、本番の緊張した場面ではまた同じように固まります。

唇の動き、口周りの筋肉、話すときの息のスピード。これらも同じくらい滑舌に関わっています。舌だけを鍛えて他を放置すると、鍛えた分の変化が説明の聞き取りやすさにそのまま反映されない、ということが起こります。

舌が短いから、あるいは顎が小さいから滑舌が悪いのだ、という言い方も耳にします。舌の形や顎の大きさが無関係とは言い切れませんが、それだけで滑舌のすべてが決まるわけでもありません。唇の動きや口周りの筋肉、日頃の舌の置き場所といった要素が重なって、初めて聞き取りやすさが決まります。生まれつきの形を理由に諦める前に、変えられる部分から見直すほうが現実的です。

幼いころに正しい発音を学ばなかったから今も滑舌が悪いのだ、と自分の育ちに原因を求める人もいます。過去に学んだかどうかが関係する場合はあるかもしれませんが、今から学び直せないという話にはなりません。原因を過去に固定するより、今日の一文をどう整えるかに意識を向けるほうが、次の説明には役立ちます。

滑舌を分けているのは、舌の力より息・言葉の頭・母音・区切りです

聞き取りやすく話せている人と、そうでない人の差を私が見るとき、最初に見るのは舌の力ではありません。息が言葉より先に流れ始めているか。言葉の頭の音がはっきり立っているか。母音がその場でちゃんと形になっているか。意味のまとまりごとに小さな区切りがあるか。この四つです。

同じ問題を何度も説明していると、息を止めたまま次の言葉に突っ込みがちになります。すると「まずx」の「x」がこもり、「代入します」の語尾で息が尽きます。舌の動きは変わっていなくても、息と区切りが崩れるだけで、聞き取りにくさは一気に増します。

母音についても同じことが言えます。「この問題は」の「お」や「い」が浅いまま発音されると、舌がどれだけ正確に動いていても、音の輪郭はぼやけて聞こえます。母音は舌の動きの結果というより、息がどこまで前に流れているかで決まる部分が大きく、舌の筋トレだけを重ねても母音の浅さが直るとは限りません。

口や唇を大きく動かすほど、かえって不利になる場面があります

滑舌が悪いのは唇の動きが小さいから、口を縦横に大きく開けていないからだ、と考える人は少なくありません。ですが私の実感では、唇はそれほど大きく動かさないほうが、かえって滑舌は良くなります。口の開け方も、縦方向にはそこまで大きく開ける必要がなく、横方向はある程度必要ですが、とにかく大きく動かせば良いわけでもありません。

実際、滑舌が良い人ほど、口をあまり大きく動かさずに話しています。もごもごとこもって聞こえる場合は口の動きを見直す余地がありますが、そうでなければ、動かす量を増やす方向は遠回りになりやすいです。

口をあまり動かさずに話すこと自体が悪いわけでもありません。こもって聞こえるなら見直す価値がありますが、早口でも聞き取りやすく話せている人の多くは、口の動きを大きくするのではなく、話す速さそのものを少し落とし、言葉の頭をそろえることで対応しています。動かす量ではなく、どこに意識を置くかの違いです。

塾講師が一日に何十回も同じ説明をするときの整え方

同じ問題を、クラスが変わるたびに何度も説明する仕事では、口や舌を一日じゅう酷使している感覚になりがちです。「今日はもう舌が疲れた」と感じると、次の授業の前に舌をぐるぐる回して回復させようとする人もいますが、これは効果を感じにくいわりに時間がかかります。ここで舌の筋トレを増やそうとするより、一音一音を短く切ることを優先してください。

上手に説明できている人ほど、一音が短く、次の言葉との間にわずかな区切りがあります。「この問題は」で一拍、「まずxを求めてから」で一拍、「yに代入します」で一拍。区切りを保ったまま話すと、同じ説明を何十回繰り返しても、後半になるほど言葉が崩れるということが起こりにくくなります。声を張って舌を忙しく動かすより、この区切りを保つほうが、一日を通した聞き取りやすさに直結します。

午前中のクラスでは整っていた区切りが、午後、夕方になるにつれて崩れていく講師は少なくありません。疲れてくると息を吸う間を省いてしまい、区切りのないまま次の説明に入ってしまうからです。一コマ終えるごとに、口を閉じて一度だけ深く息を吐き、吸い直してから次のクラスに入る。この一手間を挟むだけで、最後のクラスまで区切りを保ちやすくなります。

それでも舌の動きが気になる人は、鍛える前に置き場所を見ます

舌を鍛えることより先に、日常で舌がどこにあるかを確認しておくと、無理な筋トレに頼らずに済む場面が増えます。話していないとき、舌先が上あごに軽くついているか。口を自然に閉じられているか。授業と授業の合間、資料を読んでいるときや次の説明を考えているときほど、口が半開きのまま止まっていないか確かめてみてください。声を出していない時間の姿勢のほうが、実は本番の一言に影響しています。

舌がだらりと下がったまま口が半開きになっている状態が長いと、いざ話し始めたときに舌が出遅れ、結果として「動きが遅い」と感じられることがあります。これは筋力の問題というより、置き場所の習慣の問題です。鍛える前に、まずこの土台を整えるほうが、遠回りをせずに済みます。

この土台を整えても舌が動かしにくいという自覚が強く残るなら、無理に自己流で鍛え込まず、口腔や発話の専門家に相談する選択肢も持っておいてください。しびれや強い違和感が続く場合も同様です。舌の筋トレを完全にやめる必要はありませんが、それを最初の一手にする前に、息、言葉の頭、母音、区切りという四つを確認するほうが、次の説明一回分の聞き取りやすさには近道になります。

次に同じ説明をする前に、この一文で確かめます

「この問題は、まずxを求めてから、yに代入します」を、今日の最後にもう一度録音してみてください。舌をどれだけ大きく動かせたかではなく、「まず」の頭が立っているか、「代入します」まで息が残っているかだけを聞きます。

朝一番に録った一文と聞き比べて、区切りの位置が変わっていないか、語尾の息が最後まで保たれているかを見てください。舌の動きが大きくなったかどうかは、この比較では見なくてかまいません。次にこの説明をする相手の前で、鍛えた舌より先に、この二点を思い出してください。

よくある質問

Q. 舌の筋トレは滑舌に効果がありますか
まったく効果がないわけではありませんが、それだけが原因でも解決策でもないというのが私の実感です。息の流れ、言葉の頭、母音の始まりを合わせて見直すほうが変化を感じやすいです。
Q. 滑舌が悪いのは舌の筋肉が弱いからですか
一因になっている場合はありますが、断定はできません。唇の動きや口周りの筋肉、話すときの息のスピードなど、他の要因が関わっていることも多いです。
Q. 口を大きく動かして話せば滑舌は良くなりますか
そうとは限りません。私の実感では、滑舌が良い人ほど口を大きく動かさず、必要な範囲だけで話しています。動かす量より、言葉の頭をそろえることを優先してください。
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奥津ユキ
書いた人
奥津ユキ

ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。

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