スポーツコーチの号令の声。屋外で遠くの選手まで届かせる
広いグラウンドで風や歓声に負け、選手まで指示が届かないコーチへ。試合中の瞬発的な指示から声出し練習まで、屋外特有の声の作り方を解説します。
奥津ユキ
屋内のスタジオと違い、グラウンドでの号令には風、広さ、時には対戦相手の応援や周囲の歓声という条件が加わります。決まったカウントを繰り返す室内のレッスンとは異なり、試合中は選手の動きに合わせて瞬時に短い指示を飛ばさなければなりません。この予測できない場面で、声をどう使うかがスポーツコーチ特有の課題です。
グラウンドで声が届かないのは、風のせいだけではありません
「声が風に流される」と感じているコーチは多いのですが、録音を確認すると原因はそれだけではないことがほとんどです。届かせようと喉に力を入れて張り上げた声は、近くにいる選手には大きく聞こえても、距離が離れるほど輪郭を失い、風がなくても実は伸びていきません。
私が実際に効くと感じているのは、声の大きさより息のスピードです。自転車のように、ゆっくり漕げば不安定になり、ある程度スピードが出れば自立して走ります。声も同じで、息のスピードを上げると、張り上げなくても声が勝手に前へ進んでいきます。屋外という条件下でこそ、この違いが結果に直結します。
試合中の「戻れ!」は、練習中の号令とは別物です
練習中に繰り返すカウントの号令と、試合中に一瞬だけ発する指示は、声の性質が異なります。
「戻れ!」
「そこカバー!」
「オフサイド気をつけろ!」
こうした試合中の一言は、練習のように何度も同じテンポで繰り返すものではなく、選手の動きを見てから瞬時に出す声です。ここで喉に力を入れて叫ぼうとすると、声が出るまでにわずかな遅れが生じ、選手が動き終えた後に指示が届くことになります。息を止めずに構えておき、選手の動きを見た瞬間に息を吐き切りながら声を乗せる。この準備ができているかどうかで、指示が届くタイミングが変わります。
風上・風下で、声の運び方を変えます
グラウンドという場所ならではの条件が、風向きです。風上から風下の選手に声をかける時は、追い風で声が届きやすく感じますが、実際には息のスピードを落とさずに保つことが大切です。風に乗るからと安心して息を緩めると、声の輪郭がぼやけて選手には聞き取りにくくなります。
反対に風下から風上の選手に届けたい時は、風に押し返される分、声量を上げたくなりますが、上げるほど喉が締まり、かえって届きません。ここでは体の向きを選手側にまっすぐ向け、顎を軽く引いて息を前に通すことを優先してください。声量ではなく向きと息の通し方を変えることが、風のある屋外での基本になります。
選手が広がる練習ほど、まとめて指示を出さないこと
パス練習やポジション練習で選手がグラウンド全体に散らばっている時、一度に全員へ向けて長い説明をしようとすると、声はどうしても届きにくくなります。
こういう場面では、一文を短く区切り、要点だけを選手の集まっている方向へ順に向けて伝える方が効果的です。「さっきのタイミングもう一回」を長く説明し直すより、短く区切って言い切る方が、広い範囲でも聞き取ってもらいやすくなります。声を張って一度にまとめようとするほど、実際には端の選手まで届かなくなるというのが、私がグラウンドの相談で感じてきたことです。
観客の声援に混じっても、ベンチの声を選手に届ける
大会になると、応援席からの声援や太鼓、対戦相手のベンチの声が重なり、ふだんの練習とはまったく違う音の環境になります。ここで声援に対抗しようと声量を上げるほど、コーチの声も周囲の雑音の一部として埋もれてしまいます。
私が見ているのは、音量の勝負ではなく息のスピードです。声援がどれだけ大きくても、息を速く吐き切りながら乗せた言葉は、雑踏の音の上に浮き上がるように届きます。選手に届けたい一言だけを、あらかじめ短く決めておくことも助けになります。長い指示は声援にかき消されやすく、短い一言ほど息の勢いだけで抜けていきます。
ハーフタイムの円陣では、瞬発的な指示と違う声を使います
試合中の瞬発的な指示とは対照的に、ハーフタイムの円陣で話す声は、落ち着いて聞かせるための声です。ここで試合中と同じ勢いのまま話し始めると、選手は叱られていると受け取り、萎縮してしまうことがあります。
円陣に入る前に、まず口を閉じて一度だけ息を吐き切ります。試合中の興奮をそのまま声に乗せず、ワンテンポ落として話し始める。伝えたい要点の前にわずかな間を置き、語尾まで息を残す。この三つを意識するだけで、同じ内容でも選手への届き方が変わります。声を張らずとも、円陣の輪の中では十分に伝わります。
シーズンを通して声を枯らさない、練習と試合の使い分け
コーチという仕事は、平日の練習から週末の試合まで、シーズンを通して声を出し続けます。長時間話して枯れる方のほとんどは、屋外の風や周囲の声援に対抗して喉を締めすぎていることが原因だというのが私の実感です。
練習中のカウントや号令は、締めすぎない範囲で声量を出しても構いませんが、試合中の瞬発的な指示は、声量よりも息の勢いを優先してください。試合が終わった後、口を閉じたまま息を一度吐き切り、短くハミングをして喉の締まりを確認する。この数十秒を試合直後に挟むだけで、翌週の練習に響く消耗の度合いが変わってきます。
ダブルヘッダーの合間にできる、声のリセット
大会やリーグ戦で一日に複数試合を担当する日は、試合と試合の合間がわずかしかありません。この短い時間でも、声の状態は変えられます。
一試合目が終わったら、まず口を閉じて短くハミングをします。こもって感じたら、口の奥の上側を軽く持ち上げる意識でもう一度ハミングをする。これだけで、二試合目の声の出だしが変わります。長時間声を出し続ける日ほど、この合間のリセットを省略しがちですが、省略した回数の分だけ、夕方の指示は届きにくくなっていきます。
ホイッスルの直後に声を重ねると、指示が二重にぼやけます
プレーを止めるためにホイッスルを吹いた直後、間を置かずに声で指示を続けてしまうコーチは少なくありません。ホイッスルの余韻が残ったまま声を重ねると、選手の耳にはどちらの音も中途半端にしか届かず、結局もう一度大きな声で言い直すことになります。
ホイッスルを吹いたら、ほんの一拍だけ間を置いてから声を出す。この一拍があるだけで、選手はホイッスルで動きを止め、そのあとの声にきちんと意識を向けられます。急いで詰め込むほど、かえって指示は伝わりにくくなるというのが、屋外の練習でよく見かける崩れ方です。
今日、グラウンドで試せる一言チェック
長い発声練習は必要ありません。今日の練習で実際に使う号令をひとつ選び、スマホで録音してみます。
「戻れ!」を例にすると、一回目はいつも通りに。二回目は、声を出す直前に軽く息を吐き切ってから言ってみます。三回目は、体を選手のいる方向へまっすぐ向けてから言ってみます。
聞き比べるときに見るのは、声の大きさではありません。言葉の輪郭が保たれているか、この一点だけです。録音は少し距離を取って再生すると、喉で押した声は輪郭がぼやけ、息を前に通した声は輪郭がはっきり残っていることが分かりやすくなります。
まとめ:屋外の号令は、声量ではなく息の勢いと向きで届きます
グラウンドという広く、風があり、予測できない動きが続く場所で、必要なのは喉で押した大声ではありません。息のスピードを上げること、体を選手の方向へ向けること、練習と試合で発声の使い分けを持つこと。この三つが揃えば、風のある日でも指示は届きます。
シーズンを通して声を出し続ける仕事だからこそ、合間の短いリセットを積み重ねることが、終盤まで声を保つ土台になります。年間を通して同じ強さで声を出し続けられるかどうかは、生まれ持った喉の強さよりも、日々の使い方の積み重ねで決まる部分が大きいというのが、屋外で長く声を使うコーチを見てきた私の実感です。今日の練習の号令をひとつだけでも、始める前に録音して確かめてみてください。
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よくある質問
- Q. グラウンドで声が届かないのは肺活量が足りないからですか
- 肺活量だけが原因ではありません。まず見るべきは息のスピードと呼吸筋の使い方です。走り込みより先に、息を速く吐く練習の方が体感につながりやすいです。
- Q. 試合中は大声で怒鳴るように指示した方が伝わりますか
- 怒鳴るような大声は近くの選手には届いても、遠くの選手にはかえって輪郭を失って伝わりにくくなります。声を張るより、息を前に通す意識の方が届きます。
- Q. シーズン中ずっと声を出し続けても枯れない方法はありますか
- 枯れる方の多くは屋外の風や声援に対抗して喉を締めています。合間の短いリセットと、練習と試合で発声を使い分けることで、シーズンを通して声を保ちやすくなります。
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ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。
詳しいプロフィール →ビジネスボイトレとは。声で印象の主導権を握るために鍛えること
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声は生まれつきの性質だけで決まるものではありません。息の流し方、喉の締め方、体の向き。この扱い方次第で、同じグラウンドでも届く距離はまったく変わります。