滑舌が直らないと感じたら。練習の順番を変える見直し方

滑舌の練習を続けても変わらないと感じる人へ。練習量を増やす前に、比較の基準・変数の絞り方・練習環境の三つを見直す方法を紹介します。

奥津ユキ

早口言葉も、口を大きく開ける練習も、五十音の読み上げも一通り試した。それでも直った気がしない。そう感じるなら、練習の量よりも先に、比べ方そのものを見直してみてください。直らないのではなく、変化を確かめる仕組みがまだ整っていないだけということが少なくありません。

まず、今のままの一文を一回だけ録音します

「恐れ入ります、営業二課の田中に代わりますので少々お待ちください。」を、いつも通りの速さでスマホに一度だけ録音してください。上手く言おうとしなくて構いません。これから何を試すにせよ、この一回が比較の基準になります。基準がないまま練習を重ねても、変わったかどうか自体が分からなくなります。録音が一つあるだけで、この先どんな練習を選んでも、効いたか効いていないかを言葉で説明できるようになります。

直らないと感じる時ほど、比べる基準の録音がありません

滑舌が直らないと相談してくる人の多くは、練習前の自分の声を録音していません。感覚だけで「良くなった気がする」「変わらない気がする」と判断しているため、実際に変化があっても気づけず、なくても気づかず、結局「直らない」という印象だけが積み重なります。声を録音して聞き返すのは、一番の近道というわけではありませんが、有効な方法の一つではあります。うまく言えたかどうかを採点するためではなく、先週の自分と今日の自分を並べて聞くための材料として使ってください。

基準として使うなら、録り方の条件をそろえておくことも大切です。一文は毎回同じものにする、スマホと口の距離をだいたい同じにする、録った日付が分かる形で残す。この三つがそろっていない録音同士を比べると、変わったのが滑舌なのか録音の環境なのか、区別がつかなくなります。朝の出勤直後と夜とでは声の状態そのものも違うので、録る時間帯もなるべくそろえてください。基準の録音は、うまく言えた記録ではなく、比較のための素材だと考えてください。

早口言葉を増やす、口を大きく開ける。この二つは優先順位を間違えやすい練習です

直らないと感じた人ほど、今やっている練習の量を増やそうとします。早口言葉をもっと繰り返す、口をもっと大きく開けて話す。ですが、私が見てきた範囲では、早口言葉の練習は効果がないわけではないものの、一番効果的な練習というわけではありません。口を縦にも横にも大きく動かして話すことも、そこまで必要なわけではなく、とにかく大きく動かせばいいというものでもありません。うまくいかないときに、優先順位の低い練習の量だけを増やしても、変化は出にくいままです。増やす前に、そもそも今やっている練習が自分の崩れ方に合っているかを確かめてください。

五十音を毎日通しで読む練習も、してはいけないわけではありませんが、絶対にやらなければいけない練習でもありません。やること自体を目的にしてしまうと、量をこなした安心感だけが残り、肝心の「どこがどう変わったか」を確認する時間が削られていきます。練習の種類を増やすより、今やっている一つの練習が、自分のどの崩れに効いているのかを言葉にできるかどうかの方が大事です。

毎日違う練習に変えると、何が効いたのか分からなくなります

昨日は早口言葉、今日は母音練習、明日は録音チェックというように、毎日違う練習を試す人がいます。気持ちとしては前向きですが、これでは仮にどれか一つが効いていても、どれが効いたのか分からないまま終わってしまいます。独学で色々な方法を試すこと自体は悪くありませんが、正誤を判断してくれる人がいないまま自己流で進めると、良い変化も悪い癖も気づかずに通り過ぎてしまいます。まずは一つの練習だけを選び、最低でも数日は同じ条件のまま続けて、その上で変化があったかどうかを確認する。この順番を守るだけで、練習の効き目がずっと見えやすくなります。

練習を変える基準も決めておくと迷いが減ります。同じ練習を三日続けて基準の録音と聞き比べ、変化が感じられなければ次の練習に移る。変化が少しでもあれば、もう三日同じ練習を続ける。この二択だけを繰り返せば、毎日違う練習を思いつきで試すよりも、はるかに早く自分に合う方法へたどり着けます。

静かな部屋の練習と、電話を取り次ぐ本番の速さは別物です

自宅の静かな部屋で、ゆっくり丁寧に一文を読む練習を続けている人は多いです。ですが、実際に困っているのは、電話を取り次ぐときの慌ただしい速さの中で、名前や部署名がはっきり言えないという場面ではないでしょうか。練習のときの条件と、困っている場面の条件がずれていると、練習でできるようになっても本番では戻ってしまいます。先ほど録音した一文を、電話を取った瞬間の慌ただしさをそのまま再現して読んでみてください。落ち着いて読めば言えるのに、慌てると崩れるなら、直すべきは発音そのものではなく、慌てたときの体の反応の方です。

保留ボタンを押す前の一瞬、相手を待たせている焦りが先に立ち、言葉より先に手が動いてしまう人もいます。この場合、いくら静かな部屋で滑らかに言えるようになっても、電話が鳴った瞬間の慌ただしさまで再現しない限り、本番の崩れは同じように起こり続けます。本番の慌ただしさを作るには、スマホの録音を回したまま少し離れた席から急いで戻り、座った勢いのまま読み始める方法があります。受話器に手を伸ばす動作まで含めて再現すると、静かな練習では出てこなかった崩れが録音に現れます。練習環境を本番に近づけることも、練習そのものと同じくらい見直す価値があります。

崩れる場所には順番があります。目立つ音より、先に壊れる場所を直します

聞き取りにくいと感じる音を、そのまま練習のターゲットにする人が多いですが、実は一番目立つ音が、一番最初に崩れている音とは限りません。先ほどの一文をゆっくり区切って録音し、「恐れ入ります」「営業二課の」「田中に代わります」「少々お待ちください」の四つに分けて聞いてください。どこか一箇所が崩れると、その後の部分も引きずられて崩れていくことがほとんどです。一番聞き取りにくいと感じる箇所ではなく、時間的に一番早く崩れ始める箇所を先に直すと、後半の崩れも連動して収まっていきます。

たとえば名前を言う三つ目の区切りが一番気になっていても、実際にはその手前の「営業二課の」の時点で、すでに息が浅くなっていることがあります。その場合、いくら三つ目だけを繰り返し言い直しても、根っこの崩れは残ったままです。崩れの起点は、録音でしか見つかりません。話している最中の自分には、一番目立つ箇所の言いにくさしか感覚に残らないからです。目立つ症状ではなく、崩れの起点を先に押さえる。この順番を変えるだけで、同じ練習時間でも結果が変わってきます。

保留ボタンに手を伸ばす前の一文で、四つを一度に試します

ここまでの見直しを、最初と同じ「恐れ入ります、営業二課の田中に代わりますので少々お待ちください。」で試してみます。まず普段の速さで録音し、最初の基準にします。次に、電話を取った直後を想定した慌ただしさで同じ一文を読みます。三回目は、四つの区切りのうち、一番早く崩れていた箇所だけをゆっくり丁寧に言い直し、残りは普段通りの速さで読みます。この三本を聞き比べると、量を増やす練習では見えなかった、自分固有の崩れ方が見えてきます。三本とも保存しておき、翌週も同じ手順で録り直せば、今度は先週との比較もできるようになります。

この録り直しを続けるときも、確認する項目は三日ごとに一つだけに絞ってください。最初の三日は、一番早く崩れ始める箇所だけを見る。次の三日は、慌ただしい速さでもその箇所が保てるかを見る。一つ確かめ終えるまで次の項目に手を出さない方が、遠回りに見えて、結果として直るまでの時間は短くなります。

直らないのは才能ではなく、比べ方の問題です

滑舌が直らないと感じるとき、多くの場合は練習量でも根性でもなく、比較の基準がない、変数を絞れていない、練習と本番の条件がずれているという、見直しの不足です。長く練習を続けているのに変わらないと感じている人ほど、実は真面目に量をこなしてきた人でもあります。量を否定する必要はなく、その努力を正しく測るための基準を横に置くだけで、今まで見えなかった変化に気づけるようになります。次に練習するときは、新しい方法を探す前に、今日の一文を一度だけ録音してみてください。そこから、直す順番が見えてきます。

よくある質問

Q. 滑舌の練習を続けても変わらないのはなぜですか
練習量が足りないというより、比べるための基準の録音がない、毎日違う練習に変えている、練習環境と本番の速さが違うといった見直し不足が原因のことが多いです。
Q. 早口言葉を増やせば滑舌は直りますか
早口言葉は無意味ではありませんが、最優先の練習ではありません。効果はあっても一番ではないので、増やす前に比較の基準や練習の変数を見直す方が近道です。
Q. 毎日どんな練習をすればよいか分からず続きません
毎日違う練習を試すより、同じ一文・同じ条件で数日おきに一点だけ確認する方が、何が効いているか分かりやすくなります。
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奥津ユキ
書いた人
奥津ユキ

ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。

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