·電話の声

「ありがとうございます」が言いにくい人へ。定型句で息が切れる場所

電話や接客で「ありがとうございます」だけが噛む、つぶれる人へ。長い定型句のどこで息が切れているかを見つけて、第一声を出しやすくする方法を解説します。

奥津ユキ

電話や接客で「ありがとうございます」だけが噛む、途中でつぶれる、語尾が細く消える。ほかの言葉は普通に話せるのに、何度も使う定型句だけで起こると、不思議に感じるかもしれません。この言葉は口の動きが多いだけでなく、相手への気遣いと一緒に、短時間で丁寧に言い切ろうとしやすい言葉です。言葉そのものを言いにくいと決めるより、どこで息が止まり、どこで残りが足りなくなるかを見ます。

まず、下唇を自然な位置にして「お電話ありがとうございます」と言います。次に、下唇だけを前歯側へほんの少し入れて、同じ言葉を言います。語尾までの息の残り方を比べてください。差が出なければ、唇ではなく一息で言い切ろうとしていないかを見ます。

ここで比べたいのは、下唇を内側に入れる話し方と、自然な位置で話す方法の優劣ではありません。下唇の位置がわずかに変わるだけで、「お電話ありがとうございます」の前半で息を使い切るか、後半の「ございます」まで流れが残るかを感じるためです。変化がなければ、唇を操作する課題ではなく、長い定型句を一つの息で完成させようとしている可能性を見ます。

定型句だけがつぶれる理由

「ありがとうございます」は、使う回数が多い言葉です。電話を取った直後、案内を終えたとき、相手が待ってくれたときなど、会話の節目に自然に出てきます。慣れた言葉だからこそ、口が勝手に動くように感じる一方で、相手を待たせないように、感じよく言おうとして、息の準備を省きやすくなります。言葉を考える時間がないぶん、体がどう始めているかは見えにくくなります。

この定型句には「あ」「り」「が」「と」「う」「ご」「ざ」「い」「ま」「す」と、口や舌の位置を変える部分が多くあります。中でも「ありがとう」と「ございます」の間には、意味のまとまりが二つあります。それでも一続きのあいさつとして覚えているため、途中で息を受け直す選択が頭から抜けやすいのです。前半を少し急いで押し出し、後半を残った息で処理すると、「ございます」が低くつぶれたり、「す」だけが閉じ切らなかったりします。

言いにくさは、発音の能力だけでは決まりません。同じ言葉でも、電話で名乗った直後に言うとき、相手の説明を受けたあとに言うとき、忙しい場面で急いで言うときでは、息の準備が違います。丁寧に伝えたいという意識が強いほど、声の高さや口角を整えることに注意が向きます。しかし、息が先に動かなければ、丁寧な形を作ろうとする動きが唇や喉に集まります。

「ありがとうございます」は長い一息になりやすい

短いあいさつのように聞こえても、電話のあいさつ全体まで続けると、話し声としては一つのまとまりが長くなります。とくに電話では、声の印象を整えようとして、普段より少し明るく、はっきり言おうとすることがあります。そのとき、最初の「お」で声を上に置き、続く「電話」で押し出し、最後の「ございます」まで同じ勢いを保とうとすると、後半に息が残りにくくなります。

一息で言えるかどうかは、肺活量を競う問題ではありません。息を吸い込む量を増やしても、声の出だしで勢いよく使えば、後半は苦しくなります。むしろ、冒頭を小さく始め、言葉の中にわずかな配分を作るほうが、語尾まで保ちやすくなります。「お電話」の部分を聞こえる程度の大きさで置き、「ありがとう」の前で押し出しを増やさず、「ございます」は少し軽くほどく。そのように息の使い道を分けます。

歌の指導では、歌詞を一息でつなげたい場面に、最初から大きな音を出して後半が苦しくなることがあります。そこで見るのは、どれだけ息を吸ったかより、最初の数音でどれだけ使ったかです。会話の定型句にも、この見方を転用できます。長く言い切るために体を固めるのではなく、語尾まで残すために出だしの押し出しを抑えます。

下唇の位置で見える息の残り方

冒頭の実験では、下唇を自然な位置に置いた場合と、前歯側へほんの少し入れた場合を比べました。下唇が内側に入ると、「う」や「ご」の前後で唇の動きが小さくなったり、声の通り方が変わったりします。それ自体を直すべき癖と決めるのではなく、唇の位置が変わることで、息がどの音で止まりやすいかを感じます。

自然な下唇で言うと「ありがと」で苦しくなり、少し内側に入れると「ございます」で苦しくなるなら、唇の形に合わせて息の配分が変わっているのかもしれません。どちらも同じように苦しいなら、唇より前に、一息で言い切る計画がある可能性が高くなります。そこで下唇を正そうと繰り返すより、言葉を二つのまとまりに分けるほうが実用的です。

下唇を自然な位置へ戻したら、歯で唇を支えないようにします。唇は言葉に合わせて動くので、完全に力を抜く必要はありません。ただ、前歯を当てたまま「ありがとうございます」を言うと、唇をほどくたびに息が細くなりやすくなります。下唇をどこに置くかではなく、唇が次の音へ移るたびに、息が止まらずに通るかを確認します。

電話では語尾までを均一に支えない

電話での声は、対面よりも表情や姿勢の情報が相手に届きません。そのため、語尾まで同じ大きさ、同じ明るさで保たなければ、と感じることがあります。しかし、そのあいさつを最初から最後まで同じ力で支えようとすると、声を保つための仕事が喉や唇に集まります。語尾が弱くなるのを恐れるほど、後半で力を足して、結果として言葉がつぶれやすくなります。

電話を取るときは、受話器やヘッドセットに向かって首だけを前へ出さず、椅子や足裏に重さを置きます。胸を強く張らずに、息を一度細く吐きます。その吐く流れに「お電話」を乗せ、そこでごく短く間を置きます。次に鼻から吸い、「ありがとうございます」を言います。相手には途切れた印象を与えない程度の短い間でも、体には次のまとまりを始める時間になります。

「ありがとうございます」の中でも、最後の「す」を強く閉じようとしないことが大切です。聞き取れる形で終わらせようとして、舌と唇を一度に固めると、次に続く言葉の出だしも硬くなります。終わりは、息を全部止めて完了させるのではなく、少し流れを残したまま軽く閉じます。そのあとに「奥津でございます」などの名乗りが続くなら、なおさら語尾で使い切らないことが役に立ちます。

二つのまとまりに分ける練習

練習では、「お電話」と「ありがとうございます」を二つのまとまりとして扱います。はじめに、口を閉じたまま鼻から静かに吸います。吸い終わって止まるのを待たず、細く吐きながら「お電話」と言います。語尾の「わ」を長く引かず、言葉が終わったら一拍だけ置きます。その間に、肩を上げずにもう一度息を受けます。

次に、「ありがとうございます」を「あり」「がとう」「ございます」と細かく切り刻むのではなく、一つの礼の言葉として言います。途中の「がとう」で息を足そうとすると、かえって言葉の輪郭が崩れやすくなります。ここでは、前半の「お電話」で息を使い過ぎないことが、後半を自然に言うための準備になります。二つに分けるのは言葉を不自然にするためではなく、息の役目を分けるためです。

次は、電話の場面で使う順序に近づけます。「お電話」「ありがとうございます」「奥津でございます」と三つのまとまりにします。すべてを同じ音量にそろえず、最初の「お電話」は入口、次の「ありがとうございます」は相手へ渡す部分、最後の名乗りは情報として置く部分、と役割を分けます。文の役割が分かれると、息の配分も変えやすくなります。

相手の名前や要件が続く場面で

実際の電話では、「〇〇様、ありがとうございます。先ほどの件ですが」のように、定型句の前後に名前や要件が続きます。ここで一文全体を丁寧に言い切ろうとすると、「ありがとうございます」だけが圧迫されるのではなく、後ろの要件まで息が足りなくなります。名前、あいさつ、要件を、それぞれ別の息で扱うことが大切です。

名前を呼ぶときは、相手の注意を向けるために少しはっきり言います。その直後に同じ勢いで続くあいさつへ入らず、名前が終わったところで一度吐く息を戻します。相手の名前のあとに短い間があっても、失礼にはなりません。むしろ、あいさつと要件が聞き分けやすくなります。

要件へ移る前も、あいさつの最後に声を押し込まないようにします。「ありがとうございます」を言い終えた瞬間に次の文へ走ると、唇と舌は閉じたまま次の子音を作ろうとします。そこで一度、相手の返答が入る余地と同じくらいの間をつくります。息を受け直してから「本日は」と続ければ、声の高さも無理に持ち上げずに済みます。

言い慣れた言葉を体から整える

「ありがとうございます」が言いにくいとき、もっと丁寧に発音しようとして、唇や舌を大きく動かす必要はありません。言葉に必要な動きはすでにあるので、そこへ余分な力を足さないことが大切です。前半で息を使い切らないこと、語尾を力で閉じ切らないこと、定型句を一つの塊として抱え込み過ぎないこと。この三つを整えると、言葉は少しずつ通りやすくなります。

下唇の位置を変える実験で差が出たなら、普段どの音で息が細くなるかを覚えておきます。差が出なかったなら、唇に答えを探し続けず、「お電話」と「ありがとうございます」を分けてみます。言い切る力を増やすのではなく、息を受け直す場所をつくることが、電話の定型句では役立ちます。

私が歌の指導で大切にしているのは、長いフレーズを気合いでつなぐより、息がどこで使われ、どこに残るかを見ることです。仕事で使う定型句も、体から見れば短いフレーズの連続です。「ありがとうございます」を一息で完璧に言おうとせず、相手へ届くところまで息を配る。その見方が持てると、言い慣れた言葉ほどつぶれやすい状態から抜け出しやすくなります。

よくある質問

Q. ゆっくり言えば噛まなくなりますか
速さを落としても、一息で言い切ろうとしていれば同じ場所で崩れます。この定型句は音の数が多く、途中で息が細くなりやすい言葉です。速度より、どこまでを一息で運ぶかを決めるほうが効きます。
Q. 滑舌の練習をすれば直りますか
行別の練習が役に立つ場面はありますが、特定の定型句だけが崩れるなら、原因は音の種類より息の配分にあることが多いです。他の言葉は問題ないかを先に確かめてください。
Q. 電話のときだけ言いにくくなるのはなぜですか
受話器を持つ側の腕と肩が固まり、息の通り道が狭くなることがあります。また、相手が名乗る前に言い始める場面では、息を入れる間が取れません。対面と電話で崩れ方が違うなら、姿勢と入るタイミングを分けて見ます。
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奥津ユキ
書いた人
奥津ユキ

ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。

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