交渉の声。条件を伝えても弱くならない話し方

交渉で声が弱い、早口、押し負ける人へ。条件提示、沈黙、譲れない線を落ち着いて伝える声の整え方を解説します。

奥津ユキ

価格や契約条件を切り出す瞬間、交渉の場で声が一番揺れます。売り込みたい気持ちの強さだけが原因ではなく、金額を言う直前に息が止まっていることのほうが、実は多く関わっています。相手が一枚上手に見える交渉ほど、この傾向は強く出ます。

「今回の更新では、月額を十二万円にさせてください」を録ってみます

スマートフォンのボイスメモを開いて、次の一文だけを声に出してください。

「今回の更新では、月額を十二万円にさせてください」

一度録って、そのまま聞き直します。うまく言えたかどうかは気にしなくて構いません。耳を向けるのは三か所だけです。話し出しの音がはっきり立っているか。「十二万円」の手前に一瞬の間があるか。「ください」の最後まで息が届いているか。ここまでで、崩れている場所はだいたい絞れます。

条件を伝える前に息が止まり、語尾が弱くなる人は、声そのものを責めるより、この三点のどこで落ちているかを探すほうが早く見つかります。

奥津ユキ
奥津ユキのミニコメント

交渉での声の強さは、押しの強さだけで決まるものではありません。金額の前の間と、語尾の残り方に、信頼は宿ります。

声を強く押すより、お腹の圧を抜かないことです

交渉の場で声が弱いと感じる人がまず試したくなるのは、もっと強く押すことです。ただ、力を足すほど喉は締まりやすくなり、聞き手には硬く余裕のない声として伝わります。

私が優先して確認するのは、お腹の圧です。腹式呼吸のようにお腹をふくらませたりへこませたりする必要はありません。吐くときだけでなく、吸うときも同じだけの圧をかけ続けておく。これができていると、金額を置く瞬間に喉だけで支えずに済みます。

息のスピードは自転車に似ています。ゆっくり漕ぐほどふらついて倒れやすくなり、思い切って速く漕ぐほどかえって安定します。声も同じで、遠慮がちに細く出すより、吐く息の勢いを少し上げるほうが、条件を伝える語尾まで声が保ちやすくなります。

条件を出す前夜、資料を目で追うだけで終わらせている人は多いです。私がすすめているのは、提示する数字や条件の部分だけを、実際に声に出して読んでおくことです。このとき意識してほしいのは、一音一音を長く伸ばさないことです。上手く話せる人ほど、実は一音が短く、音と音の間に余白があります。長く伸ばして喋ると音同士がくっつき、息継ぎの場所を失って、結局どこかで息切れします。「月額」「十二万円」のように区切りたい言葉の前後で、一拍分だけ間を空ける読み方を、声に出して一度やっておくだけで、当日の間の取り方が体に残ります。

商談室に入る前の30秒

商談の直前に長時間の練習をする余裕はまずありません。私が現場でよく勧めるのは、次のごく短い手順です。

唇を閉じたまま静かに息を吐き切る。肩を上げないよう気をつけながら短く息を吸う。声には出さず、さきほどの一文の口の形だけを動かす。最後にごく小さな声量で一度だけ声にしてみる。

ここで確認したいのは声の大きさではありません。出だしの音が欠落していないか、語尾まで息の道が保たれているか。見るのはこの二点だけです。緊張で声が上ずりやすい人ほど、この段取りを飛ばして本番に入ってしまいがちです。腹に軽く圧をかけたまま話し始めると、上ずりや震えはそれだけでかなり減ります。エレベーターの中や商談室のドアの前など、人前で声を出しにくい場所であれば、声にせず口の形をなぞる工程だけでも十分に効果があります。

座り方ひとつで、間の取りやすさが変わります

声が弱く感じられると、たいていまず喉を強めようとします。しかし喉に力を足すほど、声はかえって不安定になります。私が先に見るのは椅子に座った姿勢です。

かかとが浮いていないか。机の下で足先が落ち着かず動いていないか。まずここを確かめます。次に胸の向きです。資料や相手の表情を追いかけるほど、体が前のめりになり胸がすぼまって、声の通り道が細くなります。最後に見るのはあごの角度で、あごが前に出たり首の前側が張ったりしていると、出だしの一音を喉だけで持ち上げる形になりやすいです。

条件を切り出す語の手前で間を保つには、喉の使い方だけを直しても足りません。座り方と体の向きをあわせて整えることで、間そのものが取りやすくなります。

相手が渋る瞬間ほど、語尾を伸ばさないでください

条件を出したあと、相手が眉を寄せたり、資料をめくる手を止めたりする瞬間があります。この反応を見た途端、声の締めが強くなりすぎる人と、逆に語尾がだらしなく伸びてしまう人に分かれます。どちらも、声帯の締め方が本来の加減から外れてしまっている状態です。

締めすぎている人は、渋られた瞬間にもう一段力を足そうとして、声が硬くこわばります。反対に締めが緩んでいる人は、相手の顔色を気にするあまり、語尾がふにゃっと力を失います。どちらに寄りやすいかは人によって逆なので、まず自分がどちら側に傾くのかを、今日録った音声で確認しておくといいです。

たとえば相手から「もう少しお安くなりませんか」と切り返されたとします。ここで即座に強い声で切り返すと、相手には防戦のように聞こえます。反対に語尾を伸ばしながら曖昧に応じると、譲歩の余地があると受け取られてしまいます。私がすすめるのは、切り返された直後に一拍だけ黙り、それから「今回はこの条件でお願いしたいです」のように、いつもと同じ加減の声でもう一度置き直すことです。渋られた瞬間こそ声の加減を変えないこと。これができると、押し引きの場面でも声だけは崩れなくなります。

崩れる交渉には、三つの重なりがあります

条件を伝える場面をつぶさに観察すると、原因は単独ではなく、たいてい三つが重なって起きています。

ひとつは、話し出す一瞬前に息を止めてしまうことです。これがあると出だしの音が遅れて立ち上がり、聞き手には出遅れた印象として届きます。もうひとつは、金額や条件の手前で息継ぎをせずに突っ込んでしまうことです。急げば急ぐほど、本当に伝えたい言葉が薄く軽くなっていきます。最後のひとつは、言い切った直後にほっとして、語尾の支えを手放してしまうことです。「です」「ます」の締めが尻すぼみになると、内容そのものは正しくても心もとない響きに変わってしまいます。

どれも性格や気の弱さの問題ではありません。呼吸と喉の使い方に根ざした、直せる癖です。契約書やお見積りを机に置いたまま条件を読み上げる人ほど、資料に目を落とした拍子に息が浅くなりがちです。資料は手元に置いておいても構いませんが、条件そのものを口にする一文だけは、資料から目を上げて相手の顔を見ながら言い切ってみてください。目線が上がるだけで、喉の開き方は自然と変わります。

もう一度、さきほどの一文を録音してみてください。今度は語尾だけに意識を向けます。「ください」の「い」まで息が残っていれば、それだけで印象はだいぶ変わっています。

相手が黙った数秒は、失敗の合図ではありません

条件を伝えたあと、相手がしばらく黙る瞬間があります。この沈黙を気まずく感じて、慌てて言葉を継ぎ足したくなる人は多いです。ただ、語尾まで息を残して言い切れていれば、その沈黙は交渉が前に進んでいる証拠であることも少なくありません。

沈黙を埋めようとして声を出すと、せっかく整えた語尾の印象が薄れてしまいます。条件を伝えたあとの数秒は、言葉を足すより先に相手の反応を待つ時間として使ってみてください。腕を組んだり、資料をめくり始めたりする相手の仕草に気を取られて、こちらから先に沈黙を破ってしまう人は多いです。待てるかどうかは、性格の問題ではなく、条件を言い切った直後に自分の呼吸をどこまで整えられているかで決まります。息が整っていれば、数秒の沈黙もただの間として受け止められます。

条件を切り出す瞬間や価格の話になると、堂々と大きな声で押し切るべきだと思われがちですが、実際はそうとも限りません。むしろ声を張り上げるほど相手は身構え、耳を閉ざしてしまうことがあります。あえて声量を少し落ち着かせ、聞き手が自然と耳を寄せてくるくらいの温度で条件を置くほうが、こちらの話を最後まで聞いてもらいやすい場面もあります。次に条件を切り出す前夜は、この録音を一度だけ聞き直してみてください。

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よくある質問

Q. 交渉 声で最初に確認することは何ですか
声量だけでなく、話し始める前の息、重要語の前の間、語尾まで声が残っているかを確認してください。
Q. 本番で声が弱くなるときはどうすればいいですか
最初の一文を短く決め、話す前に一拍置いて息を入れてから始めます。
Q. 練習では何を録音すればいいですか
実際に使う一文を録音し、出だし、間、語尾の三つだけを確認してください。
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奥津ユキ
書いた人
奥津ユキ

ボイストレーナー。Snow Man、NiziUなど多くの楽曲を手がける作曲家・前迫潤哉氏が主宰するLEVETCH VOCAL SCHOOLにて、ボーカル指導の代表を務める。 何千レッスンもの現場で、歌手・社会人・表現者の声と向き合ってきました。

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